ラセルVSルナキシアの死闘 ラセルside

 今日はルナキシアが第七騎士団の剣のしごきをするという約束の日だ。ラセルは練習用の剣を握りしめる。


「一戦も落とせない」


 敵だったら負けた時点で終わりだ。必ず全勝しなければならない。生きてカナを守るために、と思いを強くする。


「あー、嫌だなぁ。俺はあのしごきを考えると胃が痛いよ」


 キースがソファの上で悶えている。


「あのクラスの剣士と直接対決なんて贅沢なことなんだ。そう言うなって」


 ラセルがキースを宥めていると、ドアの向こうでノックされた。


「私だが、入っていいか」


 ルナキシアである。ここ数日の流れから追い返してしまいたくなるが、彼から直接、カナを口説いた真意を聞きたいと思った。


「どうぞ」


 ラセルはそう告げて、部屋に入ってもらった。二人の間に火花が散ったのを感じたキースが、そろそろと腰をあげる。


「ああ、キースもいていいよ」


 先にルナキシアからそう言われて、キースはすごすごとまた腰を下ろし、気持ちを落ち着かせるようにハーブティを口にした。


「二人はカナから聞いているね。私が彼女に惹かれていることを。そして私が童貞で処女であることを!」


 いきなりの童貞処女発言で、キースは飲んでいたハーブティを吹き出した。


「……童貞で処女は聞いてねぇよ」


 ラセルは憮然と返した。


「ラセル、私は君を大切に思う気持ちは変わらない。だが、例え君を傷つけても彼女を私の妻としたい。カグヤの貴族が反対するなら抑える用意はある」


「大切に思う相手なら、その恋人を略奪したりしないよな。普通の人は。他人の幸せ壊してまで、自分が幸せになりたいんだ?」


「私は普通の人ではない。例え世界を敵に回しても、カナの愛を掴みたい。そして……私に奪われるなら、それは君に魅力がなかった、それだけのことじゃないのか?」


 ラセルはルナキシアの胸倉を掴んでぶん殴りたい衝動に駆られる。でもギリギリの理性でそれを押さえようとした。


 元々ルナキシアの妻にしたいと思っていた。地位のない第七王子で将来は王族籍を離れる自分よりも、ルナキシアの方が彼女を守れるから、と。しかし、そんな自分を彼女は選んでくれた。その愛に応えたいと思った。


 だが、この従兄に勝てるのだろうか……。いや、勝つしかない。誰にも譲らないと決めたのだから。


 ただ、選ぶのはカナだ。ラセルは純粋な、カナの意思で選ばれたいと思った。


「……わかった。俺はあんたがカナを口説くのを妨害しない。カナを縛りつけるようなこともしない。純粋なカナの意思で俺を選んでもらう。あんたもカナの決定に従え。いいな?」


 キースが驚愕の表情でラセルを見て、ルナキシアにも視線を移す。


「随分自信があるようだね。言っておくが、私はこれまでの私とは違う。実は私はこう見えて泣き虫なんだ! 君に負けているのは胃が丈夫なことくらいだ。覚悟しておくといい!」


 なぜか涙目でそう言い捨てて、ルナキシアは部屋を出て行った。


「ね……ねぇ、あの人なんなの? 童貞とか処女とか、泣き虫とか……。胃が丈夫な方が負けてるって変だよ。頭おかしくなっちゃったの?」


 キースが遠慮がちにラセルに聞いてきた。


「キース、恋とは頭をおかしくするものだ。けど、ヘタレ度では大幅に俺の方が勝っている。そして俺は地位もないヒモのような男だ。カナは偉い人は嫌いなんだもんな。俺が勝つに決まってる」


 普通の恋愛基準では、ヘタレヒモ男と凛々しい王太子では勝負にならないのだが、対カナについてはヘタレヒモ男が圧倒的に有利なのだ。


 そして、今日のしごきは全勝してやる、と決意を燃やす。


「今日のしごきは、多分キースまで出番回らないから安心しろ。俺でへたらせてやる」



◇◆◇



 寸止めは禁止ルールなので、お互い防具を付けて対峙する。ただならぬ王太子と主君の様子を、第七騎士団の面々は緊張した表情で見つめていた。


「キース……どうしたんです? あの二人は。ガチの殺し合いをしそうな雰囲気ですが……」


「ガチの殺し合いするんだよ。レイナ、ヒールの用意頼むよ」


 審判役のビスはひたすら困惑している。


 今回は危険を察知したキースにより、レイナも治癒要員としてその場で待機してもらっている。その間、カナは妃殿下修行だからだ。



――こいつは俺の従兄じゃない。ナルメキアの刺客だ。負けたらカナが酷い目に遭うんだ。


 対敵を想定し、ラセルは本番さながら、全身に俊敏上昇の風をまとう。剣には雷をまとわせる。剣技のみではなく、今の自分が持っているすべての技術を総動員させた。


「さすがは上級魔術師兼剣士ってところか。だがそれは私も同じだよ」


 ルナキシアも同様のことをする。それもまた織り込み済みだ。


「お願いします」


 そう挨拶を交わした瞬間、お互いに殺気を放つ。


 ルナキシアが風の勢いを借りて踏み込んできた。一撃をかわした後、ラセルは得意の突きを放つ。しかしそれを見切ったルナキシアにかわされて、間合いを剣で一閃された。ギリギリで受け止めてから、互いに雷の衝撃を受ける。


 結界で防ぎながら足蹴りをした。体勢を崩した後に、ラセルの方から踏み込んだ。しかしそれもまた剣で受け止められる。


「……随分と泥臭い戦い方だな」


 ルナキシアはそう言い放った。


「最終的に生き残ればいいんだよ!」


 ルナキシアの結界を破るように、ラセルは雷の威力を強くする。ルナキシアもおかえしとばかりに、風の防御結界で応戦してきた。この時点で、風と雷が皮膚を切り裂いて、二人とも血まみれである。


「や、やばいんですけど。ヒールのタイミングが……ッ!」


 レイナがおろおろとしている。


「ぶっ殺してやる」


「それはお互い様だな!」


 ガチの殺気で剣を一閃させ、ラセルの剣がルナキシアの胴に食い込む。そしてルナキシアもまた、ラセルの鎖骨を狙い剣を突いてきた。


「引き分けです……」


 ビスが引き攣っている。

 

 鎖骨のあたりに鋭い痛みが走る。骨が折れたかもしれない。しかしルナキシアもまた肋骨が折れたようで呻いている。今ある防具では、二人の打撃に耐えられるものがない。


「ヒ……ヒール!」


 レイナが二人にヒールをかけた。そこでビスが二人に苦言を言い始める。


「あ、あのですね……あくまで稽古なので、ガチの骨折狙いはやめましょう。ね!?」


 しかし、ラセルもルナキシアも意に返すことはない。


「ビス、と言ったね。騎士団長殿。これは対ナルメキアのクソガキ共を想定しての訓練だ。相手を殺すつもりでやらないとダメなんだよ」


「そのとおりだ。骨折くらいなんだ。レイナのMPが切れたら自分で治癒くらいやる。俺らは二人とも上級魔術師なんだからな」


 5本勝負して、5本とも相討ちという結果になった。勝負が終わるごとに致命傷を負う二人に呆れたビスが、5本終えた時点で強引に終わりを告げた。


「10本勝負って話だろ? まだやれる……」


 ラセルは肩で息をしながらビスに抗議をする。


「そのとおりだ。なぜ強引に終わりにするのだ……グハッ」


 ルナキシアは首に受けた致命傷が元で思いっきり血を吐いた。


「あのですね……お二人とも立場をお考えください。対ナルメキアを想定するのはいいですが、身体を壊しては元も子もありません。それに、対敵とは無関係の、純粋な殺意がありましたよね? 私怨を稽古にぶつけるのはおやめください」


 主君でも王太子でも構わず意見を言うビスが、厳しい顔でそう告げた。


 そんな時、妃殿下教育を終えたカナがやってきた。


「えっ!? 単なる稽古だよね? なんで二人とも死にそうになってんの!?」


 カナが傷だらけでボロボロの二人に対し、パーフェクトヒールをかけてくれた。


 結局、この日はビスの判断で、しごきは早々に終えることになってしまった。

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