月の神殿と王太子の口説き攻撃
「ラセルから、月の神殿に入りたいと言う話を聞いているよ」
ルナキシア殿下はそう言って、お妃言教育が終わった私を連れ出した。先日の話があるからかなり警戒してしまう。
少し離れて付いて行こうとすると、その考えを読んだように立ち止まって私を待っている。
「もしかして、警戒してる?」
「もしかしなくても、警戒してます」
そう言うと、また魅惑的に微笑んだ。ラセルとは少し系統が違う、色っぽい微笑みだ。
「あなたに口説かれたこと、ラセルとキースに話しました。ラセルはとっても傷ついてましたけど、そういうのって罪悪感ないんでしょうか? 弟のように可愛がっていたと伺ってますが」
魅惑の微笑みに負けないように、睨んでみた。
「いた、じゃなくて可愛いがっている、だよ。過去形じゃない。彼がどんな立場になろうとも、彼を大切に思う気持ちに変わりはない」
「じゃあどうして、大切に思う人の彼女を奪おうとするんでしょうか? 傷つけるってわかりますよね?」
「大切な人を傷つけても、手に入れたい。君にはその価値がある。その結果、ラセルが私を憎んでしまってもそれは仕方がない。憎まれていたとしても、私はきっと、カナ以外のことなら彼を助ける。どんな手を使ってもね」
「…………私が聖女だからですよね。その時点で私はあなたのことを好きにはなりません。ラセルは私を聖女じゃなくても価値があるって言ってくれました」
そう言うと、ルナキシア殿下は魅惑の微笑みを深くした。その微笑みにドキッとするけど、きっとこれは恋じゃない。危険な香りに対する警戒心だ。
「母も言っていたと思うが、君は独立心が強い女性が多くいるという、ニホンという国で暮らしていた。君を育んだバックボーンがこの世界のどの女性とも異なるんだよ。私は男性の庇護を受けて生きていこうとするご令嬢に魅力を感じない」
ルナキシア殿下は私に向かって一歩踏み出してくる。私は無意識に一歩下がった。
「カナは幸いにも聖魔法の名手というスキルを持っている。しかし、例え何のスキルがなくても君はきっと、自分なりの方法で自立して生きて行く方法を探ろうとするだろう。君は王子であるラセルを守ろうとしたと聞いたよ。つまりその時点で、君は大国の王子よりも上の目線で物事を見ているんだ」
よくわからないけど、思いっきり褒められている。独身のパイオニアという私の考え方は異質だと聞いたけど、この世界の女性は随分と男性に従順なのかもしれない。
好きな人を守りたい、よりも好きな人に守ってもらいたい、という人が多いんだと思う。そして、女王陛下もルナキシア殿下も、従順なだけの女性にかなり不満を持っている。
「私が魅かれたのは、聖女というスキルも勿論のことだが、その内面の強さ、そしてその内面の強さが滲み出る、その容姿なんだ。君を逃したら、私は一生そのような女性と出会えない」
このような美男子に熱烈に口説かれて、内側から熱くなってくる。絶対に好きになんてならない……はず。ラセルはこんな風に口説き文句の連続攻撃はしてこないから免疫がないだけだよ、と思いこむことにする。
そしていきなりぶっこんでくる。
「私もラセルと同じ、童貞だ。心も身体も清い状態だよ」
ぶわっと赤面してしまう。なんと赤裸々な告白! 清い状態ってあなたね……。
「意に沿わない女性と身体の関係になることはない。もちろん、男性ともそういうことはしてないからね。処女でもある」
処女ってあんた……! いくら中性的な感じがすると言っても、男性とはそういうことしてんでしょ? なんて……少しだけしか疑わなかったよ!
私の戦意を喪失させる童貞処女攻撃の後、ルナキシア殿下はまた魅惑的に微笑んだ。
「では、行こうか」
月の神殿へ案内してくれる。クリスタルで出来た洞窟で、この中で500年前に活躍していた聖女が降臨してくれるのだそうだ。でも連れて来てくれた道は明らかに遠回りだ。じとーっと睨むと、また爽やかに笑う。
「君と少しでも長く二人きりになりたかったんだ。私から見て、ラセルの優位性は単なる出会った順番だけだからね。私は彼に匹敵する泣き虫でナルシストで、そして童貞であり処女だ。顔は同レベル、剣と魔術は若干私の方が上なくらいで、差異はない」
な、なんだそれ! まったく……ムカつくなぁ。
「差異はあります! ラセルは大切な人の彼女を口説いたりしません! 例えどんなに可愛くても、友達や弟の彼女だったら恋愛対象外って言ってましたからね!」
言い返してもルナキシア殿下は意に返さない。
「それは彼が甘いんだよ。貪欲さが足りない。泥臭さがなければ、立派な為政者にはなれないよ」
そう言って、その場を後にして行った。
なんなのよっと思いながら洞窟に入る。クリスタルでできた洞窟は、中央の柱がまばゆく輝いている。
そしてそこに一人の美しい女性が降臨してきた。
『まぁ、貴女がカナなのね!』
シルバーの輝かしい髪を豊かに伸ばしている。瞳は深いサファイヤで、さきほどの童貞処女王太子と同じもの。華奢なスタイルではあるものの、凛とした威厳を感じさせる。
そして、私の周りに精霊が現れた。精霊は嬉しそうに聖女の周りを囲んでいる。
『マリア様!』
『聖女様!』
そうか。この聖女に会いたくて、精霊達は私におねだりをしてきたんだ。
『この月の神殿は、キャッツランドにもあるのよ。キャッツランドに繋げることもできるの。昨日はうちの困った王太子ちゃんが、キャッツランドのブレーンの子と、なにやら会談をしていたようだけど』
「へ……へぇ~」
ブレーンの子ってシリル殿下かな? 私のことを口説く話とか、ラセルの引き抜きのことを話していたんだろうか。
「あ、自己紹介します! 私は先日ナルメキアの王太子に召喚された日本の貧乏大学生、カナ・ヒルリモールと申します! なぜか聖女とか呼ばれてますが、単なる喪女です」
すると聖女も笑顔で笑った。
『貴女も日本から来たの!? 実は私もなのよ。召喚というよりは、日本人の記憶をもったまま、カグヤの子爵家の娘になったのだけど。ルナマリア・シャイン・カグヤといいます。カグヤには私が広めた日本の文化もあるのよ』
そう言って、お庭の庭園のことや、お月見団子や抹茶、味噌汁やたこ焼きの話をし始める。
日本食が恋しくなったら、カグヤに来ればいいんだ。
そして、最後に私に小さな鍵をくれた。
『王宮の図書室の最奥の鍵よ。強い聖魔法の使い手が現れたら、渡そうと思っていたの。普通の魔術師じゃ使えない、聖魔法の情報がたくさんあるから』
そんなところに入っていいものだろうか。鍵を握りしめる。
『あ、貴女の旦那様……ラセル陛下も連れて行っていいわよ。あの方は、世界のリーダーになるべき方ですからね。その力を使うも使わないも、貴女とラセル陛下でお決めください』
ニッコリと笑ってそう言った。
あれ? でもなんか引っ掛かる。
「あの、私の旦那様は陛下って呼ばれるような人じゃないですよ。ヒモになりたい第七王子で、殿下って呼ばれる人です。世界のリーダーではなく、ヒモになる人です」
そう言うと、訳ありそうにクスクスと笑う。
『じゃあ殿下、にしとくわ。今度はラセル殿下と一緒に来てね。私も彼に会いたいの』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます