カグヤ王太子、キャッツランドのキーマンと会談する ルナキシアside
「まったく……母上は何も知らないから」
ルナキシアは、母・女王陛下の発言を側近から聞き、深い溜息をついた。
――ラセルごと手に入るなら、とっくにそうしてる。
ラセルのことを買っているのは女王だけではない。ルナキシアもまたその一人なのだ。
だが、ラセルがカグヤの王子になるなら聖女を口説くのをやめるのかと言えば、そうでもない。
ラセルはルナキシアによく似ている。剣や魔術の強さとセンス――そして女性の趣味も。
――ラセルが好きになったのもわかるな。あの子、瞳が素晴らしくいい!
貴族生まれの令嬢にはない、あの意思の強い瞳が魅力的なのだ。あの目で射抜かれたら、もう虜になるしかないではないか。
カグヤは中堅国家だ。大国で同盟国であるキャッツランドの情報は常に収集してある。もちろんキャッツランドの上層部――例のシリル第八王子もこちらの動向を常に探っているだろう。
シリルがキャッツランド王家で力を持つようになったのは、10月過ぎと聞いている。それはちょうど、ルナキシアにある記憶が蘇ったのとほぼ同時だ。
何らかの関連性があると見て間違いはない。
ルナキシアは便箋を取り出す。そしてシリルへ手紙を書いた。
――今夜、10刻に月の神殿で待つ。
簡単にそう記載すると、鷹を呼んだ。
「これをキャッツランドの第八王子に届けろ」
暗示の魔術をかける。第八王子の顔は知らないが、鷹がキャッツランド王宮についたら第八王子へ思念を飛ばすように、強い魔術をかけておく。
月の神殿は、月を信仰するカグヤと、月と猫を信仰するキャッツランド双方に存在する。
月の大聖女の仲介があれば、接触は可能だ。
鷹を飛ばして、ふと視線を中庭に向けた。
ラセルが第七騎士団を相手に、剣の稽古をつけているのが見える。
――……また腕を上げたな。
技を繰り出すスピード、一振りの力強さ、技の精度が、騎士団を遥かに上回っている。そしてその技術は、ルナキシアとほぼ互角だ。
可愛い従弟の成長は嬉しいが、彼は今やライバルだ。庇護するべき、かよわい男の子ではない。
「ラセル陛下、貴方には負けない」
◇◆◇
ルナキシアは月に照らされながら、王宮の庭を足早に歩く。月は半月になっていた。
鬱蒼とした森を抜け、滝へと続く道を右に回り、クリスタルでできた洞窟へと入る。中はほこりひとつないクリスタルの壁に覆われ、中央の大きな柱が、煌びやかな光を放っている。カグヤで最も、聖なる力が強い場所。
「ルナマリア様」
呼び掛けると、はるか500年前のカグヤの大聖女、ルナマリア・シャイン・カグヤが、クリスタルの柱から姿を現した。
豊かなシルバーの長い髪に、大きなサファイヤの瞳。その大きな瞳は、カナにも少し似ている。ルナマリアはルナキシアの初恋の人でもある。カナに惹かれるのは必然のことでもある。
そして彼女はかつてのカグヤ王妃。やはり美しき大聖女はカグヤ王の妃であるべきと、ルナキシアは想いを強くする。
「シリル殿下には繋げそうですか?」
そう尋ねると、大聖女はニッコリと笑う。
『もうせっかちね。シリル殿下はもういらしてるわよ』
そう言うと、大きな杖を出す。そして
光が集まり、ルナキシアよりも少し背が低い、若い男性の姿になる。透けているが、その姿が確認できた。
――へぇ……ラセルとはまたタイプの違う子だな。まさに男装の麗人だ。
若干失礼ながら、相手の姿を見てルナキシアはそう思った。
「カグヤ王太子のルナキシア・ナタン・カグヤと申します。貴国の王子には何人かお会いしたことがあるのですが、次代の王弟殿下とはお初にお目にかかります」
呼び出した自分からと、ルナキシアは貴族の礼を取り自己紹介をした。
「いつも我が君がお世話になっております。シリル・オリバー・キャッツランドと申します。私は国王の名代となります。カグヤ女王陛下の名代である貴方とは、今後もお付き合いが増えそうですね」
シリルは可憐に笑った。ルナキシアの恋愛対象は女性のみではあるが、この可憐な美少年、シリルの笑顔には軽い胸のときめきを覚える。さすがは「男装の麗人」と評される男だ。そしてそのシリルは、その武器を最大限に活かそうとしているに違いない。
「貴方が貴国で力を持つようになったのは10月。それは第七王子のラセル殿下が20歳になった頃。その時に知ったのですよね? 彼が次代の国王陛下であることを」
そう言うと、シリルは涼しい顔だ。
「他国の方に我が国の王位継承システムが漏れたのは、不可抗力とはいえゆゆしき事態ですね。まぁ……漏れたところでまったく影響はないのですが」
「仕方ないですよ。私は2回、その場に遭遇しましたから。しかし、彼も側近もその記憶を失くしているようです。なぜ、私だけが記憶が蘇ったのか、謎なんですけどね」
キャッツランドの王位は、国王や王弟が決めているわけでも、宰相が決めているわけでもない。
人物なのか、持っている魔力なのか、その他特殊スキルなのか、まったくもって基準は謎なのだが。
「今回は王太子を経ることなく国王になられるわけですから、一筋縄ではいかなそうですね」
苦笑すると、シリルもまた釣られたように笑う。
「貴国の女王陛下が我が君を大変買っておられるとか。しかし、軟禁は感心しませんね。我が国と戦争を覚悟なさるなら話は別ですけど」
「母は知らないのです。彼が国王になられる方とは……。それに単純に彼のことが好きなんですよ」
シリルなら本気で大艦隊をカグヤに送ってきそうである。母の行為を弁明するというのも今日の目的だ。
「シリル殿下は既にご存知でしょう? ナルメキアの第二王子のことを。そしてその手の者がラセル陛下の暗殺と聖女様の誘拐を企てていることを」
そう切り出すと、シリルは酷薄な笑みを浮かべる。
「我らを舐めているのか、単純にバカなのか。これが第二王子の命令だと、明確な証拠が掴めればいいのですが……」
シリルの見ているのは、暗殺と誘拐を阻止した次の段階だ。
「第二王子とて、公人です。公人が他国でテロ行為を指揮したわけですから……」
ナルメキアは庶民は貧しいものの、資源に恵まれた豊かな国だ。そして、その豊かな国力と武力を背景として、周辺国家の領土を脅かし続けている。
暗殺と誘拐は、ナルメキアを叩くいい口実になりそうだ。
「対ナルメキアを想定した軍事演習を行いましょう。あぁ……そういえば貴国の領内で海賊が横行しているようですね」
シリルがにやりと笑う。そしてルナキシアも海賊と聞いてふと思う。
「私がテロリストのリーダー、サイラン・アークレイなら、海賊と手を結びますね。さすがにナルメキアの正規兵を、大量にカグヤへ侵入させるのは困難ですから」
これは軍事訓練と同時に、テロリスト、海賊一味の一網打尽を狙う絶好のいい機会だ。ルナキシアも笑みが止まらない。
そして、例のことをこのキャッツランドの司令塔であるシリルにも、あらかじめ伝えておかなければならない。これはキャッツランドの今後の国際戦略にも、大きく影響することだ。
「ラセル陛下の恋人……カナ嬢ですが、実は私も彼女に惹かれています。まだ陛下は婚約も正式にされていない状態。私が参戦して、その結果私が彼女に選ばれても、貴国は国として介入はしない……その認識でよろしいですよね? 自由恋愛の範疇です」
介入すると言ってきたらとことん論破してやる、そう気負って切り出すと、意外なことに、シリルは怒りもせずに余裕の笑みを浮かべた。
「結構です。真っ向勝負で貴方に競り負けるようなら、我が主君はそこまでの男だったということです」
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