女王陛下の熱烈な引き抜き
私は速効でラセルの部屋へ行き、先ほどの話を伝えた。
ラセルの部屋にはキースもいて、「うわぁ……」って表情をしている。
「…………やっぱそうなるか」
意外なことに、ラセルには想定内だったようだ。
「どういうこと? まさかあんた、ルナキシア殿下をけしかけたりしてないでしょうね!?」
当初の予定では、ラセルは私を、ルナキシア殿下の嫁にしようと画策してたのだ。ぶん殴ってやろうかと、思いっきり胸倉を掴んでしまった。
「そんなことしてない。俺の嫁って言ってあるからな。ただ……俺とあの人って、好きな女の子のタイプが120%被るんだよ」
そんなに!? 100%超えてるじゃないの。
「カグヤ王宮の中で可愛いメイドさんランキング作った時も、全順位一緒だったし。ジュニアアカデミー時代流行ってたハーレム主人公系の小説読んだ時も、付き合いたいヒロインとして名前挙げたのが全てのシリーズで同じキャラだったし、それに……」
その他、貴族のご令嬢で誰が可愛いとかも同じ人物を挙げ、常にラセルとルナキシア殿下の好みは被り続けたと言う。
変なランキングまで作って、メイドさんに失礼じゃないの? 若い王子なんて、みんなそんなもんだろうけど。
「だから、俺がカナをルナキシア殿下の嫁に……って思ったのは、会えば好きになるって確信してたからだよ。俺の恋人って紹介してるのに、口説いてくるとは思わなかったけどさ」
「けど、違和感あるね。付き合う前に引き合わせたんなら、口説くのもわかるけど。ルナキシア殿下って、人の彼女に横恋慕しかけてくるような人だっけ。しかも相手はラセルだよ? ラセルの恋人奪おうとするなんて……らしくないよ」
キースは首をかしげている。ラセルもがっつりと落ち込んでいる。
「……俺は例えばキースやシリルに恋人がいて、そいつを奪おうとか、そういう気は一切起きないんだよね。お前らの恋人って時点で恋愛対象外だし。それがたとえ、好みのど真ん中だとしてもさ。でもあの人は違うんだよな。なんでだろ……」
「やっぱ、聖女だからじゃない? ラセルはキャッツランドの第七王子で、カグヤの王子じゃないじゃんか。カグヤとして聖女の力が欲しいとか。ただ好きってだけじゃなくて、王太子としての立場もあって、カナを手に入れたいと思ってるんじゃないかな」
そんな話をしていたところで、カグヤのメイドさんが遠慮がちにドアをコンコンと叩いてきた。
「あの、女王陛下がお呼びです。三人ともお越しくださいとのことです」
さっきルナキシア殿下から聞いていたけど、ついにこの王宮の主・女王陛下とのご対面か。キースは「俺も?」と意外そうな表情だ。
「なんだかドン底な気分だよ。尊敬してる先輩からは嫌われもののクソガキって言われて、兄のように慕うルナキシア殿下には、恋人を奪われそうになってるし。俺って……」
私の報告が彼のマイナス思考をより一層深くしてしまったみたいだ。でも内緒にしているわけにもいかないしなぁ。
「仕方ないよ。カナは聖女なんだ。ルナキシア殿下個人と言うよりは、王太子という立場がそうさせてるんだよ」
「そうだよ。それに、私はあなたのそんな泣きそうな顔も大好きなんだよ。可愛くて堪らないんだから。ぜーったいにルナキシア殿下を好きにならないから、元気出してよ!」
キースと二人掛かりで必死に慰めて、なんとかラセルを泣かせずに女王陛下の謁見の間に連れて行くことができた。
◇◆◇
「ラセルもキースも久しぶりね。二人ともしばらく見ない間に随分男前になってるじゃないの。特にラセル……」
女王陛下は、跪く私達のところまでやってきて、親しげにラセルの髪をひと房手に取った。
「このつやっつやの黒髪が堪らないわぁ。それにその顔! かっこよすぎるわよ。本当に私の甥なのかしら? 私が独身で貴方が甥じゃなかったら、思いっきり押し倒して好きにできるのに!」
押し倒して好きにするとか……甥に向かってとんでもないことを言っている。ラセルも怯えて顔がこわばっている。
女王陛下はルナキシア殿下と同じ、美しいシルバーの髪を束ねた美魔女で、黙っていれば気品に満ち溢れている。しかし中身はかなりの肉食のようだ。
「カナ様が羨ましいわ。この子、顔はいいし、剣と魔術は強いんだけど、ものすごくよわよわしいのよ。お尻をたくさん叩いてお世話してあげてくださいね」
私に対しては、慈愛に満ちた笑みを向けてくれる。少しほっとした。
「三人に来てもらったのは、他でもないわ」
そう言って女王陛下は、昨日ルナキシア殿下が持っていた、シリル殿下の手紙を取り出した。そしてそれを、ビリビリと破きだした。
同盟国の王子からの手紙を破くとは……ラセルもキースも唖然としている。
「このシリルとかいうクソガキのことは、気にしなくていいわ。私はね、貴方が欲しいのよ、ラセル。私の養子として。貴方には、あの頼りないルナキシアの治世を支えてほしいの」
クソガキ発言! その気品ある口から、テロリストと同じ発言が飛び出すとは。そして熱烈な引き抜きが始まる。
「私は貴方が11歳でカグヤに来た時から、あの男……キャッツランド国王には何度も手紙を出したわ。養子にさせてくれないかしら? って。だって、10人も息子がいるのよ? 一人くらいいいじゃないの!」
女王陛下はラセルの頬を優しく撫でている。ルナキシア殿下と同じサファイアの瞳が情熱で燃えているようだ。
「このシリルとかいうガキは、次代の国王なのかしらね。それで貴方を唯一残る王族として任命するのかしら? 片腕にすると一筆書いてもらったのかしら? どうなの? キース!」
今度はキースを標的にし出した。キースは震えながら「そんなの書いていただいておりません」と答えた。
「だったら信用できないわ。ラセルを飼い殺しにする気だわ、きっと。そうに決まってるわよ!」
強引な決めつけをしている。もうこの場の空気は女王の無双状態だ。
「既に私は一筆書いてあるわよ。そして私の権力でラセルを私の養子とし、次代の王の王弟として固い地位を約束する。ほら、カグヤ王家の正式な署名入りよ!」
バーン! と一筆書いた紙を出してくる。
「うんと頷くまでこの王宮から出しませんからね、そのつもりで。あ、カナ様。貴女は聖女様ですけど、いずれは私の娘になるんですものね。カナ、と呼ばせてもらうわ」
勝手に娘にされている。そして女王の息子にならないと、この王宮から出してもらえないとか。ラセルもキースもかなり困惑顔だ。
「あの……叔母上。急にそんなことを言い出すなんて。俺の妻になるカナが聖女だからですよね? 俺はついで。俺にそんな価値はない。それに俺はヒモ……」
ラセルが重い口を開いて反発するも、女王は一蹴してしまう。
「価値はない? 貴方バカね。自分を俯瞰して見れないのかしら?」
女王はフンッと鼻で笑っている。
「ナルメキア王立魔術アカデミー首席、剣もキャッツランド騎士の中でもナンバー2、そして外交特使の仕事の評判も集めてみたわ。貴方を慕う各国の声多数よ! なんでもボランティア活動までしてたみたいじゃないの! その人望の厚さも魅力よ。ルナキシアにはないものだわ」
そして、ゆっくりと立ち上がり王座へ戻る。
「とにかく、決定事項ですからね。カナには王弟妃になるための妃殿下教育を受けていただくわ。この世界の王族の妻となるには必要なことよ。そして、キース。ラセルの秘書官は貴方しかいないわ。高給と高い地位を約束するわよ」
にやり、と笑った。そして私の妃殿下教育と、ラセル一行の軟禁生活が始まってしまった。
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