本当にラセルでいいの?

 翌朝、早めに目が覚めてしまった私は、一人で庭に出てみた。カグヤは他の国よりも空気が澄んでいる気がする。特に朝はそうだ。


 庭園には趣のある枯山水が広がっている。遠くからししおどしの音も聞こえてくる。美しい和の世界。カグヤ王国の始祖は、もしかすると日本人の転生者なのかもしれない。


 枯山水を眺めていたら、向かいからルナキシア殿下が歩いてきた。美貌は朝から健在だ。昨日よりもつやつやして見える。


「おはようございます」


 私から挨拶をすると、爽やかな微笑みを浮かべる。


「おはようございます、聖女様」


「あの、聖女様ってやめてください。カナでいいです!」


 王太子殿下ともあろう方に様付けで呼ばれるのって落ち着かない。


「あと、敬語もやめてくださいよ」


「わかったよ、カナ」


 このレベルのイケメンに名前呼ばれると照れる。「せっかくだから話さない?」とお庭のベンチを進められた。



「昨夜、久しぶりにラセルに部屋に来てもらったよ。やっぱりいいね。あの子との添い寝は」


 添い寝!? イケメン二人が同じベッドで一夜を過ごしたのか!?


「あの……二人はそういう……」


「あ、で来てもらったんだからね。想像しているような変な関係じゃないからね」


 ラセルもルナキシア殿下もレベルの違う美男子だ。二人が添い寝するなんて耽美な展開が思い浮かんでしまうけど、猫か……。


「カナは既に知ってると思うけど、キャッツランド王族の猫には、癒しの効果があるんだ。メンタルも回復する。あの子がカグヤにいたころはよく猫になってもらったんだ。私だけじゃなく、父上や母上、宰相や国防軍軍団長もお世話になったよ」


 そんなに大勢と添い寝してたのか! なかなかラセルも大変な思春期を過ごしたようだ。


「そうそう、カナに聞いてみたいことがあったんだ」


 そう言ってルナキシア殿下は魅惑的な微笑みを深くする。サファイヤの瞳が強い光を放った。


「君はラセルのどこを好きになったの?」


 うわ、直球すぎる! どこって……どこだろう?


「猫になれるところ? あの綺麗な顔? 髪? それとも性格?」


 確かに顔も髪も猫も好きだけど……改めて聞かれるとよくわからない。


「すぐ胃が痛くなったり、グズグズ泣いちゃうところでしょうか」


 よくわからないまま、変な回答しちゃった。むしろ彼の欠点のような……。


「えっ! そういう男の子が好きなの? そういう人の方がモテるの!?」


 ギョッとした表情を浮かべている。私の趣味はかなり特殊みたいだ。


「あ、あと、彼は顔が広いから聖女の仕事持ってきてくれますし。ビジネスパートナー的な? 彼のバイトって聖女の力が活用できるんですよ」


「……彼もずっとバイト生活じゃないと思うけど。優秀だし、きっと国の要職に就くと思うんだよね」


 そう言うと、ルナキシア殿下はふっと笑った。


「ラセルがカグヤに来た頃は、今よりももっとかよわくて、儚い美少年だったよ。自分に自信がなくて、身体も弱かったし、魔力もなくてさ。なんかクズみたいな兄王子に嫌がらせされたとか聞いてるけど……」


「みたいですね。弟さんのシリル殿下がボッコボコにしちゃったみたいですけど」


 シリル殿下の名を出すと、ルナキシア殿下は一瞬だけ視線を鋭くした。


「そのシリル殿下が次代の国王陛下ではないか……そんな噂がまことしやかに流れているようだね。すごく頭が切れる人物とか」


 シリル殿下とキースのバトルを思い返す。親しみやすさの中に威厳があり、可愛らしさと同時にカリスマ性も感じる。確かに彼が国王を継ぐと聞くと、あぁなるほどって思う。


「でも、シリル殿下は王位継承権は剥奪されてるって聞いてますけど……」


 そう言うと、ルナキシア殿下は難しい顔をしていた。


「……そうだね。しかし、シリル殿下はキャッツランドの中枢を担う人物になることは確かだ」


「王兄になるとか……ですか?」


 しばらくルナキシア殿下は無言だった。


「……キャッツランド王家は少し特殊でね。特に今の国王陛下は賢王と呼ばれているが、ちょっと変わってるんだ」


 急に話題を国王陛下に変えた。


「すべて先手先手を打って、外交をリードしていく。優れた為政者なんだが、どうも家庭人としてはダメダメなようで。これはカグヤの醜聞でもあるんだけど、カグヤ出身で私の叔母でもある王妃陛下……王妃陛下との仲がすこぶる悪くて、第十王子を出産後、しばらくして王妃は失踪してるんだ」


 王妃が失踪!? てことはラセルのお母様はいないってこと!?


「10人も子供を産んでおいて……いなくなっちゃったんですか?」


「その子供を産んだこともどうも普通の方法ではないようで。家庭内別居してたみたいだしね。子供とは1回も会わずにどこかに行ってしまったんだ。捨てられた国王陛下も、残された王子達の教育には無関心なようで、キャッツランドの王子達は情緒不安定な人が多いんだよね」


 そう言えば、ラセルも国王は髪のことしか言ってこないって言ってたっけ。確かにラセルの髪は綺麗だけど、親なら髪よりも気にするところがあるような……。


「何人か会ったことがあるんだ。例のクズ王子達にもね。ラセルのこともあって、私もあまり友好的に接することができなかったんだが……」


 なんだか闇が深そうな一族だ。私はその中の第七王子の嫁になる。ちょっと怖いような。


 その考えを読んだように、ルナキシア殿下が微笑んだ。


「そんな闇深き王家に、異世界のニホンだっけ? ニホンの王族貴族でもない君が耐えられるかな?」


 挑発されているように思える。さすがにムッとした。


「ルナキシア殿下は結婚に反対なんですか?」


 そう言うと、ルナキシア殿下は優しく微笑んだ。


「どうだろう。でも、君はラセルに助けられて、ラセルだけを見てきた。彼は確かに、美男子で性格もいい。私にとっても可愛い従弟だ。でも、本当に彼でいいの? もっと他に選択肢はないのかな」


 それはどういう……。無意識にギロっと睨んでしまった。


「私は胃は丈夫なほうだけど、泣き虫なところは一緒だよ。女性の前では見せないようにしていたけど、今後はどんどんと見せて行こうと思う。そして彼に負けないくらいナルシストで残念な人間だ。どうだろうか?」


 どうだろうかってどうなのよ? 意味わかんないんですけど。泣き虫とナルシストで何を張り合おうというのだろう。


「私と結婚することでカグヤ貴族の反発がどうこうとシリル殿下が言ったようだが、そんなことはどうにでもなる。むしろ、闇深い王家に嫁ぐ方が問題じゃないのかな」


「……つまり、あなたはラセルではなく自分と結婚しろって言ってるんですか?」


 遠慮せずにギロッと睨んだ。弟のように大切な従弟の彼女を横恋慕とは、どういう料簡なのよ!?


「そうだよ。ぜひ、君に交際を申し込ませてほしい。まだラセルとは正式な婚約はしていないと聞いたよ。君は王太子とは結婚したくないと言ったみたいだが……」


 そう言いかけて、ルナキシア殿下はやめた。


「母上……女王陛下が君に会いたがっている。ここの王宮の主だ。ぜひ会ってほしい。それと、私の話で気を悪くしたらごめんね」



 気、思いっきり悪くしましたけど!?


 美しいルナキシア殿下を思いっきり睨みつけたけど、彼は意に返すことなく笑って去って行った。

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