ラセルの新魔術

 私たちの馬車が到着すると、大勢の騎士たちが馬車の前で跪く。


 カグヤ王宮はナルメキア王宮のような西洋風デザインではなく、木造の建物と石造の城壁で構成されている。天辺には天守閣まである。これは……日本のお殿さまが住むお城にそっくり!


「聖女様、道中お疲れではないですか?」


 王太子殿下が私を気遣ってくださるけれど、私はそこまでヤワじゃないし。


「全然大丈夫です!」


 ルナキシア殿下は元気よく答えた私に魅惑の微笑みを向ける。至近距離でそれをやられると、ほわぁ~と身体中が熱くなる。私はイケメンは嫌いなはずなのに。


 ただ、ルナキシア殿下は単なるイケメン、というよりは規格外すぎる美しさなので、仕方ないと思うことにしよう。



「では私の私室に向かおう。あ、ラセルとキースの部屋は、昔のままにしてるからね」


 15歳まで暮らした二人にとっては、まさに実家のような場所なんだろう。ラセルもキースも懐かしそうな顔で、王宮のあちこちを眺めている。


 そうして、私達は王太子殿下専用の私室へと通された。



◇◆◇



「じゃあ、ラセル。手紙に書いてあった新魔術をさっそく見せてもらおうか」


 ルナキシア殿下は私達をもてなすと、さっそくそう切り出してきた。


 でも、ラセルは気乗りしなそうな顔で俯く。


「う……ん。でもちょっと心の準備が」


 心の準備が必要な魔術なのか? そう思ってラセルの表情を伺っていると、少し涙目になっている。


「これからみんなの頭の中に、先日フランツからいただいた情報をそのまま流すよ。それが今回の新しく開発したオリジナル魔術なんだ。けど、俺も当然それを思い返すわけだから、ちょっとメンタル的にしんどいんだよね」


「なるほど。じゃあ何回もやるのは嫌だろうから、一発で終わらせようか」


 ルナキシア殿下はそう言うと、呼び鈴を鳴らした。


「隠密騎士団を呼んでくれ。これから私の従弟であるラセル殿下から重要な話がある」


 そうメイドに告げて、優しい顔で振り返った。


「大勢の人に見られるのは嫌だろうが、彼らには街を探索してその……憧れの先輩とやらが紛れ込んでいないか調べてもらう。ちょっとしんどいだろうが頑張ってくれ」


 ルナキシア殿下はまたラセルの頭をぽんぽんした。実の弟のように溺愛していると聞いたけど、本当にそんな感じに見える。


 そしてわらわらと騎士の人達が30人ほど現れた。ラセルは大勢の人に囲まれて、ちょっと顔がこわばっている。大丈夫だろうか。


 事情は事前に知っていたのか、隠密騎士団と呼ばれる人達は簡単に私達に挨拶をすると、代表して騎士団長がラセルの前に跪いた。


「大丈夫です! すべての人に好かれるのはムリなことですから! ラセル殿下が“典型的ないいヤツ”であることはカグヤの人間ならみんなわかります! 悪口言ってるヤツは、殿下の魅力がまだわかっていないのです!」


 周りの騎士団も「うん、うん、そのとおり!」と同意するように頷いている。


 メンタルの弱いラセルを騎士団達が励ましている。でも一つ疑問に思ったことがある。魔術が始まる前に聞いておくことにしよう。


「フランツの記憶読んだのって数日前だけど、その情報って正確に覚えてるの?」


「それは大丈夫。フランツの記憶は、記憶の収納ボックスに仕舞ってある。これはいずれみんなに見てもらおうかと思ってたからな」


 ラセルはなんでもないことのように言うけど、それって凄いことだよね。

 

 記憶に収納ボックスがあるとは。だったら学校のテストとか、勉強した内容をそこの収納ボックスに入れておけばいいじゃないの。そしたら満点取れちゃうよ。


 驚愕する私に、ルナキシア殿下は補足してくれた。


「誰もが記憶の収納ボックスを持ってるわけじゃないんですよ。それもまた、記憶を読みとったり、思念を飛ばしたりすることを得意とするラセルのオリジナル魔術の一つなんです」


「……てことは、あなただけが学校のテストで満点取りまくりってこと!?」


 ちょっとずるい。羨ましい。そう言うと、ラセルは苦い顔だ。


「これはアカデミー卒業してから作った魔術なの! 俺はアカデミー首席で卒業してるけど、記憶収納ボックスのおかげじゃないからな。むしろ、優秀な俺だから収納ボックスも作れたんだよ!」


 ずるじゃない! というように心外そうにそう言った。


「ごめんごめん……話の腰を折ってすみません」


 後半は騎士団の方達に向けた謝罪だ。


「まったく……じゃあ行くよ。記憶映像を共有せよメリディオビジョン


 ふわりと映像が流れてくる。豪奢な服を着た若い男と、それに付き従うような若い男が、フランツ・ホールデンと対峙してる。


 就き従う男は、淡いブロンド髪で少しやんちゃそうな印象の顔をしている。これが、ラセルの憧れの先輩っていう人か。


「実はあのモエカって女じゃなくて、もう一人召喚してたんだ。なのに、兄上が無能だからそれを逃がしやがって!」


 豪奢な服の男がそう言って、兄の悪口を言う。これが王子様の方か。


「で、その逃がした聖女をさらに誘拐したのがこのクソガキだ」


 憧れの先輩はそう言って、ラセルのプロフィール画像をフランツに示す。その言い分、ほんとムカつくわ。誘拐ってなんなのよ。


「お前は俺の後輩だからわかるだろう? お前の同級生だよ」


 そして彼らはラセルがキャッツランドの上層部からクソ嫌われていると言い放ち、彼を殺したらむしろキャッツランドから感謝される、などと滅茶苦茶なことを言っている。


 ますます腹が立つ。そしてこの台詞が、先輩への失恋に次ぐ、ラセルのメンタル不調の原因だ。ラセルは騎士団からも慕われているし、そんなことないと思うんだけどな。


 王子はラセルの悪口を言ったり、兄である王太子の悪口を言ったりと忙しい。そして、ラセルが恋い焦がれる先輩は、ラセルが童貞であることを暴露したのちに金を渡す。


 フランツは、学生時代にノートを貸してくれた恩義から断ろうとしていたけれど、借金のことをネタに無理やり仕事を押し付けられ……。


 フランツが肩を落しながら、二人の前を去るところで映像が終わった。



「なんか腹立つヤツらだったね! あんな言い分気にしないでよ。キャッツランドの人達が、ラセルが殺されて感謝なんてするわけないよ!」


 憤る私に、ラセルは暗い表情で首を振る。


「いや……案外……そうかも。俺、いらない子だし」


 そう言って俯いた。またうるうると涙目になってるし!


「んなことないって! ラセルのこと慕ってるヤツはいっぱいいるじゃないか」


 キースもよしよしとラセルを慰めている。メンタル激弱王子のフォローはなかなか大変だ。


「なるほど。あのクソガキ連発していたクソガキが、サイラン・アークレイか。私から見ると彼もクソガキに見えるんだが。あと、王子……ルーカスだったか? 彼もまたクソガキだな。登場人物、クソガキばかりじゃないか」


 ルナキシア殿下は「クソガキ」をこれでもかというくらい連発している。


 隠密騎士団長も、俯くラセルの手を握りしめて慰める。


「ラセル殿下の同級生が私の弟なのですが、とっっても優しくていいヤツだったって言ってましたよ。貴方を慕う人はたくさんいます。悪口を言われて辛いのはわかりますが、元気を出して下さい!」


 そしてルナキシア殿下は、ひとつ手紙を取り出した。


「君の弟であるシリル第八王子殿下から女王陛下に手紙がきている。君がカグヤに国籍変更を頼んできても断ってほしい、と。ラセル兄上はキャッツランドに必要不可欠な優秀な人材ですってね。キャッツランドでもそんなに嫌われてないんじゃないのかな」


 ラセルはシリル殿下からの手紙を読み、涙を流しながら微笑んだ。


「みんな、慰めてくれてありがとう。あそこまでボロクソ言われるときついけど、あんまり落ち込まないようにする」


 そして私の手を握った。


「それに俺はカナを守らなきゃいけない。全世界を敵に回しても俺は絶対にカナを守る。嫌われることを恐れちゃいけないよな」


 いつもの強気なラセルに戻ってくれたみたいだ。私はキースと目を合せ、よかったよかったと頷いた。


「とりあえず、しばらくこの王宮で聖女様と君達を保護する。その間、サイラン・アークレイとルーカスの情報を集めよう。そして、ラセルの第七騎士団……彼らはキャッツランドでも優れた騎士を集めた集団だったな?」


 ルナキシア殿下からそう聞かれて、ラセルは頷いた。


「第七騎士団は、国王や王弟を守る近衛騎士団と同じくらい倍率が高いんだ。なんといっても国ナンバー2剣士である、俺の騎士団だからさ。俺に憧れている騎士って多いんだよ。やっぱイケメンだし、カリスマ的に強いし」


「はいはい、それはわかったから」


 さっきまでの「いらない子で嫌われもの」発言から180度違う「イケメンの俺は人気もの」発言を、ルナキシア殿下はうんざりした顔で遮った。


 ラセルのメンタルってとことん不安定だ。ナルシストなのか、自己肯定感が低いのか、短時間にいったりきたりを繰り返す。


「とにかく、第七騎士団をこの世界ナンバーワンの強さを持つ剣士であるこの私がしごいてあげよう。力を底上げするんだ。昔のようにたくさんしごいてあげるよ……キースもね」


 ルナキシア殿下も、さすがはラセルの従兄。自分で自分のことを世界ナンバーワンとか言っちゃってるし。ナルシストの強い遺伝子を感じてしまう。


 しごいてあげると言われて、キースはものすごく嫌そうな顔をしている。


「ルナキシア殿下のしごき……超怖いんだよ。あー……いやだいやだ」


 キースは憂鬱そうな顔でそう言った。

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