俺はショックで立ち直れないぞ ラセルside

 二回目の襲撃犯もまた、応接室で尋問をする。


 本当は牢屋に入れるところではあるが、公邸では襲撃犯なんてものは想定していないので、そんなものはない。


「また助けるとか、転職先紹介とか、ふざけたことを言うなら本当に宰相閣下に報告する」


 キースはいつもより厳しい表情でそう告げてきた。これは本気だ。


「転職先は紹介しないよ。フランツは凄腕の剣士だ。俺が紹介状書かなくてもいくらでも道はある。魔術も使えるし、案外冒険者になってもいいかもな」


「つまり、逃がすことはするわけね。今回狙われたのはラセルではなくカナだけど? 聖女の騎士なのにそれでいいわけ?」


 眼で見るまでは判断は保留だが、逃がすことは想定している。キースはラセルの泣き所、聖女の騎士を持ちだすが、それについても考えがある。


「要は、カナに二度と悪さをしなければいいだけのことだ。俺は天才魔術師だ。そのくらいの小細工をかけることは簡単なことだ」


「そんな小細工は不要で、俺は殺すべきだと思う。前にビスも言ったけど、お前のしていることは秩序を乱す行為だと思う。だから国元でも嫌われるんだよ」


 カナが、ラセルとキースのバチバチのバトルを不安そうな目で見つめている。縛られているフランツが口を開いた。


「その副官の方が仰るとおりです。私は聖女様のご意向を無視して攫おうとしましたし、殿下に殺意を向けました。ナルメキアでもこれは死罪です。私はそれを覚悟して国を出ましたからそれでいいです」


 フランツの言葉が後押しとなり、さらにキースは詰め寄った。


「本人もこう言ってることだし、尋問が終わったらダビステアの警備兵に引き渡すよ、いいね?」


 返事はせずに、はぁ……と溜息を吐いて、ラセルは縛られているフランツの前で屈んで座った。


「じゃあこれからお前の記憶を読むね」


 魔術をかける前に断りを入れるのは、以前カナに怒られてからだ。儀式のようなものだ。


「その前に殿下、これだけは言っておきたいのです!」


 突如、フランツが必死の眼差しでラセルへ訴えかけてきた。


「調べればわかることだからこちらから言いますが、私は近衛第四騎士団の副団長です。しかし、今回のことに主君・アイゼル殿下は無関係です。あの方は何も知りません! 突然出奔した私に困惑していると思います。アイゼル殿下は、ラセル殿下のことを嫌ってはいませんから!」


 ラセルは驚いたように目を見開いた。アイゼルの優しげな姿を思い浮かべる。アイゼルが黒幕だったら、軽い人間不信に陥りそうだ。


「そっか。お前はアイゼル殿下の騎士か……あの人いい人だもんな。けど、申し訳ないがアイゼル殿下の元には戻せない」


 ラセルは悲しげに俯く。どちらにしてももうフランツをナルメキアに戻すわけにはいかないのだ。


「話してくれてありがとう。じゃあ他のことは俺が見るから。真実を俺の眼に映せイグニスレフレクティオ


 呼び出された豪奢な部屋で、フランツは二人の男から指示を受けている。


 その二人はラセルにも見覚えがある人物で、驚きと同時にショックな気持ちが湧き起こる。


――サイラン・アークレイ先輩、なんで……?


 その二人はラセルをクソガキと罵り、さらに嫌われものだから殺しても問題ない、むしろ感謝される、などと心を抉る発言を繰り返している。


 もうこの時点でラセルのメンタルは大ダメージを受けている。


 そしてフランツには借金がある、そして妹の結婚。フランツは最後まで抵抗をしていたようだが……。


 最後まで見終わって、ラセルは魔術を解いた。


「……アークレイ先輩とルーカス殿下」


 そう呟いて、目には自然と涙が浮かぶ。それを乱暴に袖で拭った。


 そんな様子を、キース、カナ、そしてフランツは心配そうな眼差しで見ている。


「俺はなんであの二人からあそこまで罵られなければならないんだ。そこまで恨まれることやったか? 特にアークレイ先輩なんて話したこともねーし」


 サイラン・アークレイは有名人だ。アカデミー始まって以来の天才と呼ばれている。どんな人物か見てみたいと思い、遠目から姿を伺ったことすらある。


 サイランはナルメキアの没落貴族の出身で、孤児院育ちと聞いている。孤児からの成り上がりという境遇、溢れるばかりのハングリー精神と才能に強い尊敬と憧れを抱いた。


 思い返すと、前回の変装もサイランだったように思える。憧れの先輩が、クソガキと自分を呼び、ごろつきを煽り、著しく名誉を傷つけるデマを吹き込んだという事実に、ラセルは立ち直れないほどのショックを受けている。


 今回にしても、借金と妹を盾に暗殺者に仕立てあげるとは……。


「しかもなんでアークレイ先輩は俺が童貞って知ってるんだ? 話したこともないのにそんなこと暴露するわけねーしなぁ。ルーカス殿下にしたって、一方的に俺のこと殴っただけじゃんか。俺が恨むならわかるけど、なんであっちが逆恨みしてんだろ。謎だ」


「あなたの記憶読み技術は凄いね。そんなに細かい会話の内容までわかるの?」


 カナが驚嘆している。そしてそっとハンカチを差し出してくれた。気付かないうちに号泣レベルで泣いていたようだ。ありがたくハンカチを拝借する。


 記憶読みで使用した魔術はラセルが研究のうえ、開発したものだ。しかし、サイランも似たようなスキルを持っているんだろう。こちらの様子を偵察するようなスキル。そうでないと童貞の下りは説明がつかない。


「殿下はあのお二人と面識が……そう言えば殴られたって神殿で仰ってましたね」


 フランツも正気に戻ったようだ。


「でも、あの殴られたのが最初で最後なんだよ。まぁ、生意気だって思われたのかな。しかしアークレイ先輩がほんと納得がいかないんだよな。そこまで嫌われてるのかぁぁ~。ショックだ。すげぇショックだ。俺は立ち直ることができそうにない。メンタルが血まみれだ」


「ラセル、元気出せよ。そういうことはよくあることだ。話したことがなくても、その生意気そうな顔と態度と、天才発言が耳に入って嫌われたんだよ」


「それ、全然慰めになってねーじゃんか。そっかぁ……俺は生意気なクソガキなのか。アークレイ先輩よりも一歳下だからガキって言われても仕方ねーな。そこは納得しよう……でもあんなに憧れていた先輩から嫌われてるとか……なんてことだ」

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