ベイテルクさんの剣
今日は外部の人に会う、ということで、レイナはメイクをばっちりと決めてくれた。しかし、外部といっても職人さんよね。
そこまで盛らなくてもいいのでは……。
服はそこまでヒラヒラとしたものではなく、品のいい大人の女性風のワンピースを用意してくれた。
「やっぱりカナ様、完璧! とっても綺麗ですよ!」
「綺麗なわけないでしょうが……スッピンのあなたのほうがよっぽど綺麗だよ、レイナ」
街ブラとは違うので、ちゃんと馬車を用意してくれる。
ラセルは今日はそこまで王子様ファッションではなかったけれど、シックな大人っぽい光沢のあるスーツをご着用だ。先日のデートを思い出してちょっと緊張。
護衛としてビスと騎士団の人も付いてくるようで、馬車の横で馬に乗っている。
「ダビステアは治安のいい国だけど、こないだのこともあったし、念のためガッツリ警備なんだよね……キースが心配性でさー」
「……結局、指示した人のことはわかったの?」
先日のことを聞いてみる。微妙な演技力のある人としか聞いていなかったけど。
「俺のことやたらとクソガキって呼ぶヤツなんだよ。ってことは俺より年上かな? でも会ったことないヤツで恨み買った記憶もないんだよな」
「街中で喧嘩した誰かじゃないの?」
「俺のこと喧嘩ばっかしてるって思ってるだろ? 全然してないし、俺は紳士だよ。あの人攫いくらいだって」
スラーブルは人攫いもいなさそうな洗練された街並みで、ゴミもなく清潔だった。人々は朝から商売に励み、時折貴族の馬車と見られるものが通り過ぎて行く。
ナルメキアの街とは違う。あそこはどこか暗い感じがした。
「人攫いが横行してるのってナルメキアだけ?」
「大国ではナルメキアくらいじゃないかな。もっと貧しい国だったらまだわかるんだけど。追い剥ぎも多いし」
そうだ、あの時馬車が襲われた時、護身術を習いたいって思ったんだった。レイナですら応戦してたのに、私は何もできないから。
「ねぇ、私も護身術的なのを習いたい。ラセルほど強くならなくてもいいから」
「じゃあ俺が教えようか?」
「うん、お願い!」
ラセルは快く引き受けてくれる。
それにしても、貧富の差……か。私が以前いた世界でもそれはあった。
ナルメキアがどんな国なのか、私はラセルから少し聞いた話でしか判断がつかない。でも少なくともダビステアよりは、人が暮らしにくい国なんだと思う。
馬車で走るだけで襲われる、女の子が一人で歩いていると人攫いにあう。
「ね、ねぇ。あのもえもえのことだけど」
言い出した時に馬車が止まった。「着きましたよ~」という御者の声。
もう、タイミングが悪いなぁ。私たちは馬車を降りた。
「懐かしいですね、ベイテルク氏の家も」
ビスが懐かしむように眺める邸宅は、質素な木造一階建てで、表に馬小屋が設置してある。鋼の塊が無造作に転がっていて、これから剣に化けるものなのだろう。
「騎士が御用達って言ってたけど、名だたる騎士はみんなベイテルクさんに作ってもらうの?」
「名だたるって言うのは身分じゃなくて、剣の腕前な。ベイテルク氏と手合わせして認められると作ってもらえるんだ」
「身分が高くても弱いと作ってもらえないの?」
「そのとおり。だから……」
ラセルが言いかけた時に、小屋から金髪の美しいキューティクル髪をゆるく結んだ輝くようなイケメンが現れた。
「あー……、えーと……あぁ、そうだった。いらっしゃい」
ラセルとビスを見て、一瞬誰だっけ? という顔をしたのちに、「あぁ……よくわかんないけどお客さんね」みたいな表情で頷いた。
「一瞬我々のこと忘れてましたよね?」
「あの人はいつもああだから気にすんな」
ビスとラセルがこそこそっと話をしていたら、ベイテルク氏が剣を二本持って現れた。
「えっと、どちらさまだっけ?」
「……手紙で今日来ると伝えてあった、ラセル・ブレイヴ・キャッツランドだけど」
「あぁ、そうそう。どこかの国の偉い人だっけ?」
「そんなに偉くない人だよ」
気にすんな、といいつつ、ラセルは少し機嫌が悪い。誰だっけ? 扱いされる顧客って一体って感じだ。
「ごめん、どんな人か忘れちゃったから改めて剣作れるか見せてもらってもいい?」
剣を一本投げてくる。それを難なく受け取ると、ラセルは剣を構えた。
「ねぇ、ビス。あれって本物の剣でしょ? 危なくないの?」
「大丈夫ですよ。ベイテルクさんは達人ですし」
「そうじゃなくて、ラセルのほうよ。一応あなた護衛でしょ? 怪我しちゃったら大変じゃない」
「カナ様、前から思ってましたけど、あまり殿下の腕信じてないでしょ? キャッツランドナンバー2だって言ったでしょう?」
信じてないってわけじゃないけど……と思ったらラセルが踏み込んで剣を一閃させた。
蒼い気迫が剣から放たれて、ベイテルク氏はそれを流して受け止めてから反撃に出る。それを軽く交わし、ラセルはさらに踏み込んで突いた。突きを交わされると、さらに速度をあげて、下から薙いだ。
剣先の動きが見えないほど速く、私は軽く息を飲んだ。
「はい、参った」
やる気のないベイテルク氏の降参の声があがる。
剣をベイテルク氏の急所手前で寸止めし、ラセルは剣を引いた。
「君、三年くらい前にも来た子だよね? 結構高く買ってくれたどこかのボンボン。覚えてるよ~」
「……三年前に来たのは確かだけど、それって覚えてるって言わないだろ」
「いや、覚えてるって。剣筋で思い出したよ。名前は覚えてないけど、なんか強い子だったなぁって思い出した」
「全然覚える気ないじゃねーか……」
へらへらとベイテルク氏が笑って、ラセルと私たちを部屋の中に招き入れた。しかし鍛冶屋ってもっとごっついおじさんかと思ったら、こんな優男風のイケメンなのね。
でもちゃんとお客さんの名前は覚えたほうがいいと思うけど。
大きな机にはたくさんの剣が並んでる。向かい合わせで私たちに座るように勧め、改めてベイテルク氏は私たちを見て微笑んだ。
「改めて、シュラウド・ベイテルクです」
ぺこりと頭を下げる。
「えーと、赤い髪の君、なんか君も来たことあったっけ?」
「あぁ……まぁ、私は二年ほど前に」
「そうだっけ? そっちの坊やのお友達なの?」
「まぁそんな感じですね」
なんと適当な会話。する意味あったのかね。
「その子は?」
私を見てベイテルクさんは微笑んだ。
「えーと、私も二人のお友達です! 私は初めて来ました!」
どうせ名乗っても覚えてもらえないんだし、こんなもんでいいよね。
「カナ、杖出して」
ラセルは私にあの杖を出すように言った。そういえば、あの杖はラセルの剣が変化したものだった。言ってみればベイテルクさん作といっていいかもしれない。
杖を取り出すと、ベイテルクさんは目を丸くした。
「これって僕が作ったものだっけ? なんか僕の気配がするんだけど……でも僕は魔術師や神官の杖って作ったことないんだよね」
首をかしげるベイテルクさんに、ラセルがいきなりぶっこんでしまう。
「彼女は俺達の国の聖女だ。三年前に作ってもらった俺の剣を彼女に渡したらその杖に変化したんだよ」
えっ!? いきなり聖女ってバラしちゃうの? しかしベイテルクさんは聖女と聞いてもあまり驚かなかった。
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