聖女の力と聖女外交
結局、トマト対決は私の圧勝に終わった。トマトは侍女や侍従達にも振る舞ったけど、10人中10人が私のトマトを絶賛したのだ。
トマトは仕事に疲れたキースにも振る舞われたらしく、黒猫を抱いて私の部屋まで訪ねてきた。
「カナ、さっきは嫌なこと言って超ごめんね…! トマトめっちゃ癒されたよ」
「いやいや別に、気にしてないけど」
本当はちょっと気にしたけどね。でもそれは黙っていることにする。
「あと、もう寝るんだけど、その猫はなに?」
キースを睨むと、キースは「えへへ」といつもの笑いでごまかす。
「トマトを食っただけであそこまでに疲労回復効果が出るってすごいことなんだよ」
「うん……そうなのか。で、猫は?」
「やっぱり聖女さまの力はすごいってことでさ。大事な話があるんだよ、この猫が」
キースは猫を私の手に押しつける。まぁ……確かに今日は一緒に寝たいって言ってたけどさ。
私も自覚しちゃったから、これまでと同じというわけにはいかないよね。
好きな男性(猫だけど)と同じ布団とか、卑猥じゃない? R18な展開になったらどうすんのよ(猫だけど)。
ていうか私はラセルとそういうことをしたいだろうか。好きになった先のことなんて考えたこともなかったよ。
「じゃあそういうことだから。猫と仲良くしてな」
そう言うとキースは足早に去って行った。一体何なのよ……。
◇◆◇
「話ってなに?」
猫をそっと布団に置いて、私は寝る前のスキンケアをしている。本当は男性には見せたくないのだけど、猫だから仕方がない。
「話っていうのは、今日の豊穣の力だ。本当にお前なんともないの? フラフラしたりしなかった?」
「しなかったけど……あなたはしたの?」
「ビス達もいたから平気って言ったけど、軽く目眩はしたよ。多分もう一角やったらぶっ倒れてるよ」
あらま……。平気って言ったのはやせ我慢だったのね。ごめんごめん、と頭を撫でた。
ラセルは気持ちよさそうに目を細めた。
「けど、お前は平気なんだろ。それが不思議なんだよ。並の魔術師とは違うと思ったけど、桁違いだな」
「うーん……でもあの力って自分でやってかなりチートだなって思ったよ。召喚までして聖女を手に入れたいって気持ちがわかってしまうもの」
「そうなると隠しておくよりもむしろ外交のひとつのカードとしてもいいかもしれない。というより、商売にできそうだな」
「商売!? 耕作代行?」
「そうそう。成長促進までやるのはさすがに聖女に依存が過ぎる。でも痩せた土地を豊穣の地にすることができれば、世界の飢餓は救われるんだ。どのくらいその効果が持つのかはまだわからないから、慎重にいかないといけないけど」
数年規模の実験になるね。
黒猫を撫でながら、私は自分が持つ力で世界が救われるかもしれないということが、嬉しくもあり、怖さも感じてきた。先日の辺境伯のように私の力を取りこもうとする人も出てくると思うし。
「世界には飢餓に苦しむ国はたくさんある。それが救われればいいんだが、カナも永遠に生きているわけじゃない。世界がカナ頼りになるのも危険だ。継続的に、将来的にも飢餓が救われるような方法があればいいんだけどな」
ラセルはいろいろな国を見て、飢餓で苦しんでる国を知っている。だから聖女の力を活用したいって思ってるんだと思う。
公平で優しい人だな、と思う。そんな彼の力になれればいいんだけど。
思い悩んでくる私の手を、ラセルは肉球でぽんぽんと叩いた。昼間のイケメン必殺技とは違うけど、可愛らしくてほっこりするわ。
「でも、とりあえずはこの力は隠そう。幸いなことに今滞在しているダビステアは豊かな国だ。豊穣の力を解放しなくてもいい。豊穣はいろいろとリスクがあり過ぎる。実は本国に先日の辺境伯の夫人経由で聖女のことが知れてさ」
「へ?」
本国ってキャッツランド? もともと聖女って言ってなかったってこと?
「あの国はナルメキアほど腹黒くはないと思うんだけど、ちょっと色々あってね。聖女だって知られると色々面倒でさ。俺も宰相や他の中枢の人間から嫌われてるし、守りきれる自信がなくてさ」
「キースから聞いたよ。あなた随分わがままで勝手なことしてるらしいじゃない? だから嫌われるんだよ」
「そこまで勝手なことはしてないつもりなんだけど。きっとアレだな。イケメンで天才だから目ざわりなんだな」
イケメンでっていうよりは、そうやってドヤ顔してるのが目ざわりなんだと思うのだが、それは言わないでおこう。面倒だ。
「うちは国王が超絶偉くて、宰相といってもそこまで好き勝手出来ないんだけど、なんか心配なんだよな。ちなみに国王は、俺の髪のことばかり気にして、あんまり聖女に興味なさそうだからいいんだけど」
国王ってラセルのお父様? 息子の髪が気になるってどういうこと? 意味不明な親子関係だ。
「ちょっと本国にお前を連れて行くの、どうしようかってキースと話してたんだ」
本国には敵が多いというラセル。不安定な立場なのかもしれない。
「でも、キャッツランド以外でもツテはあるんだよね」
「ツテ?」
「俺は幼少期しかキャッツランドにいなかったんだよ。10代はカグヤにいたから。どちらかと言えばカグヤの方が信頼が置けるんだよな」
初対面のころから聞いているカグヤの国か。
「俺もカグヤに行こうかなーとか。王子様やめて聖女様付の騎士団長とかやりたいし」
どんなジョブチェンジだ。でもラセルは本国での立場とか、そういうのがストレスなんだろうなって思う。
私はぎゅっとラセルを抱きしめた。暖かなふわふわな感触。まるで、私のラセルへの気持ちのようだ。
「ところで話は変わるけど、数日後に魔物討伐に行くんだが」
「へ?」
いきなりなんなのよ、魔物討伐って!
「ダビステアでは都市に近い港湾部にも魔物が出没するらしいんだよ。これから出立するにも危険が伴うだろ? それまでに片付けておこうかと思ってるんだ。ここの騎士団長達と一緒に」
「はぁ? それってここの国の仕事じゃないの?」
「そうなんだけど、結構いい謝礼金もらえるんだよね。正式な国の依頼じゃないから、俺のバイトみたいなもんだけど。カナも来てくれないか。俺が絶対に守るから。やっぱり聖女の力は困ってる国には分け与えないとな」
なんかいいこと言ってる風でいて、あんたのバイトの手伝いじゃないか!
「あと、明日は剣の依頼に行くから付き合って」
「わ……わかったよ」
それは前からの約束だったから仕方ないね。かすかな不安を抱えつつ、私は黒猫を抱いて寝ることにした。
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