土の魔法は豊穣への近道?
ラセルが帰還すると、公邸内の侍女や侍従の動きが慌ただしくなるのを感じる。中庭から、ラセルが侍従の一人と立ち話をしているのが見えた。
「なんか忙しそうだね」
私の家庭教師してもらうわけにもいかなそうということで、私はビスに断りを入れようとした。
「そんなでもないと思いますよ。殿下って面倒なことは部下に押し付けちゃうタイプですし」
レイナはやはりラセルを暇人だと思ってるのか、そんなことを言っている。
「悪い事じゃないと思いますけどね、殿下がいないとみんなが困るよりは。そういうのをわかったうえで、臣下にまかせているのかもしれませんよ。殿下は聡明な方ですから」
ビスはラセルを軽く擁護して、立ち上がる。
ラセルはビスに気付いたのか、笑顔で手を振って中庭に降りてきてくれた。
「カナが水と風を同時に操れるんだって? 火と風まで出来たとか」
ラセルはいつもの眩しい笑顔を向けてくる。
「おかげさまで」
普通に振る舞おうとすると、どこかそっけなくなってしまう。やっぱり不本意ながら、意識してしまう。
「それでですね。殿下には土魔法を見せていただこうと思いまして」
「私たちではできないんですもん。やっぱりここは殿下しかいないなーって」
ビスとレイナがラセルをよいしょする。
「殿下の魔術は一級品ですからね」
「そうそう、殿下しかいませんって! 私たちが誇るべき上級魔術師ですっ! でも仮にカナ様が土を操れたとしても、それは殿下のおかげってやつなんで!」
キースのようにへそを曲げられてはたまらないけど、二人のフォローがますますラセルを増長させないか不安である。
「……別に俺は、カナが俺よりうまく土操れてもなんも思わないから心配すんなよ。俺はそんなに小さい男じゃないし」
私たちの想いを見透かしたのか、ラセルはなんと私の頭をぽんぽんしながら苦笑したよ。イケメンの必殺技……女子の頭をぽんぽん。こんなこと自然に出来るのに、なぜ今まで女子と付き合ったことがないんだろう。
「キースのことは気にすんなよ。あいつも悪いヤツじゃないから一時的に嫌な感じになったかもしれないけど、そのうちまた元に戻るから」
さりげなくキースのフォローもしてくれる。めっちゃいいヤツじゃないの……。
「それじゃ、とりあえずは公邸で育てている畑に行ってみよう。レイナ、侍女頭に話してトマトの種持ってきて」
トマト! この世界のトマトはどんな感じなのかな。
レイナが小走りにかけていく。私とビスはラセルの後から公邸の畑まで付いていくことにした。
◇◆◇
「自給自足が基本でね。うちの公邸も食事に出てくる野菜系はこっちで作ってるんだよ」
畑は中庭よりも面積が広く、作物で生い茂っていて、美味しそうなナスやきゅうりが実っている。その一角にまだ何も栽培されていない箇所があった。
ラセルは屈んで、土を優しく掬った。
「王子様でも土いじりってするんだね」
「カナは王子様にどんなイメージ持ってるんだよ? 俺は普通に家事労働だってするよ。お前が今日やった洗濯機も乾燥機も自分でやることもあるよ。むしろ俺がやるほうが効率いいし」
どんなイメージと言われても……もっとキラキラしたイメージだよね。洗濯機も乾燥機も、王子様自らやっていたら侍女の仕事がなくなるんじゃないかね。
ラセルは棒を持って線を引く。
「とりあえず、こっからここまでが俺の領域ね。カナのと比較しておきたいから線は侵さないように」
さらさらと満遍なく土を掬うと、手を土の中に埋めて、ふわっとしたオーラをまとわせる。
ラセルのオーラは凛として蒼く綺麗だ。
「
そう静かに唱えると、蒼いオーラが土の中に散りばめられるのを感じた。
「さて、種まくか」
パラパラと種を巻き、そこにラセルは水を振らせる。
これまた魔力で作る水だから、魔力のオーラが畑に散りばめられる。
「
そう唱えると、一気にトマトの成長が促進される。一気に芽を出して、すくすくと成長していく。花が咲き、実が膨らみ、私の知るトマトが完成した。
「す……凄。それこそチートじゃないの。この魔法を国中で振る舞ったら飢餓なんて解決じゃない?」
「残念ながら、広範囲で成長促進までやったら魔力が持たない。地味なようで、今のは結構魔力を使ったんだ。ただ、地ならしくらいならそこまで魔力は使わないから、基本的に訪れた公邸の畑を耕してんのは俺だよ。国元じゃ、俺専用の畑もあるし」
なんと……。この広大な畑を王子様自ら魔法で耕しているとは。本当に私のイメージする王子様とは違うんだ。
でもなんだか顔色悪い。仕事で疲れてるのに、かなり魔力で消耗させちゃったみたい。
「仕事で疲れてるのに、なんかごめん。体調大丈夫?」
「別に平気。でも少し疲れたから今夜癒してくれないか。一緒に寝たい……いてぇよ!」
とんでもないことを言い出したので思いっきり足で蹴ってしまったわ。庶民ゆえに足癖が悪いのが申し訳ない。
ビスとレイナはあきれ顔で、そっぽを向いている。
「あ、今のは猫として……」
「わかってるよっ! 猫でも嫌なの! 癒しなら今やるからそれでいいでしょ!
完全治癒もお手のものになってきた。MPもHPも完全に回復させる必殺技。
それにしても油断するとすぐコレだもの。心臓に悪いなぁ。
後ろで「ビスー…また嫌われたよ」「殿下めげないでファイトです」なんて声が聞こえてきたけど気にしたら負け。
私も手に集中力こめて、地をならす。ラセルがやっていたとおりに土に祈りを込めてみる。
ラセルから放たれた綺麗な蒼いオーラを思い浮かべ、そのとたんに胸が熱くなった。さっきの水や火の時とは根本的に違う胸の熱さ。そうか、ラセルが近くにいるから……。
「
そう唱えるとシルバーのオーラのほか、淡いピンクのオーラまで私の手から流れる。
土が柔らかくなったような気がした。
種を巻き、「
鮮やかに種が芽吹く。そのままシルバーピンクのオーラをまとわせながら、少しずつトマトが成長していく。
「すごい! よくわかんないけどめっちゃ輝いてる!」
レイナが感嘆してトマトに触れる。真っ赤なトマトはオーラを放ち、そこだけがなぜか輝いている。
「なんかうまそうですね。ちょっと塩持ってきますね」
ビスは塩を取りに行ってくれた。やっぱりトマトは新鮮なまま塩で食べるのがいいわよね。
「これが豊穣か……。カナ、疲れてないか?」
ラセルが心配してくれたけど、私は特に疲れていない。
「へぇ……魔力量も並の魔術師とは違うな。この魔法はヤバいかもしれない。ちょっと使い道考えようぜ」
聖女の使う豊穣の魔法。あっさりとヒントが見つかってしまった。でも確かに使い道に困る。この力……確かに利用したがる人が増えるに決まってる。
私の不安がラセルに伝わってしまったのかもしれない。
「心配するな。俺が守るから」
ラセルが優しく微笑んでくれた。
胸が痛くなる。こんな気持ち慣れないから。
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