お国元とラセルの将来 キースside

 執務室の机に突っ伏し、キースは胸の奥から重たい溜め息を吐いた。


――女の子に嫉妬するなんて、みっともない。


 キースも魔術に関しては才能があったほうで、物心ついたころから魔力が発現し、初級くらいの難易度の魔術であれば、攻撃も防御も生活用の魔術も難なくこなすことができた。


 しかし、二属性を一度に……となると難易度がさらに上がった。元よりプロの魔術師になるつもりはなかった。貴族の教養としての魔術という立ち位置だったため、そこまで突き詰めて極めようとは思っていなかった。


 しかし、剣術では自分の一歩も二歩も先を行くビスと出会い、さらに魔術においてラセルを大きく上回るほどの潜在能力を持つカナが現れた。家柄とこれまでのラセルとの関係性から今の腹心ポジションに付いているのだが、キースには家柄以外に取り柄がないのだ……。


 「キース様、お国元から書状が三通来てますよ」


 どんよりと落ち込んでいるとドアがノックされ、書状を受け取る。一通は兄からキース宛の手紙。


 内容を開けると、サザン辺境伯夫人とのお見合いはお断りした、というものと、国元の筆頭王宮魔術師は、ラセル殿下について特に危害を加えるような動きは感じないが、やたらと先を探しているようだ、ということ。


 今の筆頭王宮魔術師は、先代王弟殿下の家系の準王族だ。育ちがいいため暗殺という血なまぐさいことをするとは思えないが、なるほど。か。


 他国へとして旅立てば、とりあえずは筆頭王宮魔術師の地位をラセルに奪われる心配はなくなるというわけだ。



 キャッツランドでは、次代の王、つまりラセルの兄弟が即位すると、即位しなかった王子達は一人を除いて一斉に臣籍に下る。しかし、国内に留まるのはごく少数だ。


 キャッツランド王族は婿として大人気物件だ。なんといっても生命力が強い。そして大国キャッツランドとの橋渡しとしての役割も持つ。


 その関係で、他国へ婿として旅立つものが多い。すでに三名の王子が他国王族の婿として旅立っている。


 キャッツランドでは王子が婿として他国へ行くことを、密かにと呼んでいる。国王がやたらと子供を作るのも用なのでは、と陰でこっそりと言われているのだ。


 残り二通については、一通は国王陛下からで、もう一通は宰相閣下からのものだ。どちらもラセル宛だ。国王陛下以外は事前に見てもOK(むしろ読め)と言われているため、宰相閣下の方の封を切る。


――うわぁ……。やっぱこっちもかい!


 ふむふむと手紙を読んでいたら、部屋の外から足音が聞こえて、またノックをされた。


「おかえり~」


 公邸のざわざわ感から、ラセルが帰ってきたことはわかっていたので、手紙から顔をあげて声をかけた。


「頼んだ仕事は終わったか?」


「終わったよ。レイナとビスに邪魔されたけどね」


 机の上の整理をした書類を指して席をラセルに譲った。ラセルはパラパラと書類を捲り、成果をチェックしている。


「うん、完璧。ありがとな」


「それはどうも……国元から手紙来てるよ。一通は陛下でもう一通は宰相閣下から。宰相のほうはいろいろ嫌なこと書いてあるよ」


 手渡すと、ラセルは一読してそのまま魔術で焼いて抹消した。


 サザン辺境伯夫人から、聖女外交についてのお礼を受けての手紙だったのだが、なぜ聖女を発見したのを報告しなかったのか、だの、第七王子が連れ回していい代物じゃない、だの、ふらふら寄り道をせず、早く本国に聖女を連れ帰るように、など文句が書かれてある。


 そして、ラセル殿下には多数の縁談が持ち掛けられているので、それについてもきちんと考えるようにと大きく太字で書かれてある。


 ラセルはナルメキアの魔術アカデミーを首席で卒業しているという抜群の学歴と、国でもトップクラスの剣術の腕前がある。それに加えて容姿端麗。名立たる大国からの婿の申し込み、人呼んでには「ラセル殿下でお願いします」と名指しで書かれていることが多いと聞く。


「縁談の話って、体よく追い出そうとしてるよね」


 キースがそう言うと、ラセルは「俺ってそんなに邪魔かなぁ」と言って机に突っ伏した。


実力、人望がある元王子が国元に留まった場合、宰相や政界の中枢ポストに座ることもある。つまり宰相閣下のライバルになり得るのだ。


 王子達は「殿下ブランド」があるうちにできるだけ条件がいい婿の話に飛びつくことが多い。お前もそうしろ、と宰相は言っているのだ。


「ムカつくから、国に残って頑張って宰相目指してみなよ。ラセルなら出来るよ」


「でも俺って宰相ってキャラじゃなくね? やるなら近衛騎士団長か、筆頭王宮魔術師がいいなぁ。けど、今の筆頭魔術師にも嫌われてるんだよな」


「それは嫌われてるっていうよりは警戒されてるんだよ。ラセルの方が実力上じゃん。それに今の筆頭王宮魔術師って力のある後輩をパワハラでいじめるって噂あるじゃん。そんな人に嫌われても別によくない?」


 ラセルが臣籍に下り、本人が望めば筆頭王宮魔術師は確実に彼のものになるだろう。それがわかっているからこそ嫌われてを煽るのだ。


「みんなに好かれるってムリだけど、ここまであからさまに嫌われるとヘコむよなぁ」


「だから嫌われてるっていうよりは、警戒されてるんだって。ラセルの実力あってのことだから気にしなくていいと思うよ」


 ラセルはメンタルが結構……かなり弱い。「ヘコむよなぁ」って言うときは言葉以上に落ち込んでいるのだ。


「けど、こういう書かれ方されるとますますカナをキャッツランドに連れ帰りたくなくなるよね」


 心配なのはカナのことだ。


 国元に連れ帰った時、ラセルはやたらとの圧力をかけられ、カナは王位継承者であるラセルの弟王子と結婚させられるか、はたまた宰相の息子と結婚させられるか……。


「どうすっかな。うーん……キース、俺は胃が痛いぜ」


「またか! ごめん俺はヒールできないぞ。パパからの手紙読んで元気出せ」


 パパ――国王陛下はかなり掴みどころのない男である。御歳51歳とはとても思えないほどの若々しい美男子面をしている。

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