火と風と水と
「カナが水属性と風属性を同時に操ることができるだって!?」
執務室からあくびをしながらやってきたキースは、ビスからこれまでの経緯を聞いて目を丸くする。
「それってすごいことなの?」
「うん、すごいすごい。魔術師としてセミプロ名乗れる領域だね。でもさすがに水、風は操れても火はムリじゃない? 三属性以上となると中級魔術師目指せるレベルだし」
キースは手の中に炎を出した。
「ちなみに俺は炎属性と雷属性を操れる」
「へぇ~。あなたもセミプロの域なのね」
「俺は剣は強くない分、少し魔術においてはビスの上を行ってるんだ」
少し得意気になっている。ビスは少し面白くなさそうな顔でキースの炎を見つめた。
キースは炎をだんだんと小さくしていき、手の中に収める。そして再び手を開くと、球体になった小さな炎を見せた。
「レイナ、ここに風を」
「はーい」
レイナが球体に風を向け、球体から熱風が優しく流れて行く。
先ほど私が一人洗濯機で洗った服へ風が届くと、一気に舞いあがらせた。
「風で服をくるくる回すんです。そうすると乾きます」
中庭で舞い上がる服の数々。圧巻の光景だ。
「ちなみに全部俺の服ね。レイナ、失敗してもいいように、ビスと自分のは使わなかったんだろ」
「あ……バレちゃいました?」
「いきなり朝、洗う服ちょうだいって言うからなんだと思ったら……」
服は数分回すと一気に乾いた。
「私が乾かすのがなくなっちゃったじゃないの」
「いきなりカナにやらせたら俺の服が燃えちゃうかもしれないだろ。今は練習だけ。とりあえず、火を出せるか見てみよう。多分出せないと思うけど」
キースは私が火を出すことを望んでいなさそう。でもそんなの構ってられない。私はさきほど、水、風を起こした時のように手の中に炎が浮かぶ光景をイメージしてみる。
だんだんと手が暖かくなってきた。でも火は生まれない。
「やっぱダメかな」
そう思った時、手がぶわ……と一層熱くなり、手の中に銀の球が浮かんできた。
「えぇぇぇっ!? 炎を通り越して球出したよ」
「しかもキースの球と異なり銀の球ですね」
「やっぱり聖女の魔法は一味違うんですね!」
球の周りは熱を持っていた。私はそこに風をイメージして、さきほどレイナがやったように空中で旋回させてみた。
「なんか、それっぽいのになった気がするんだけど」
三人を見ると、感動したような、落胆したような表情で私の旋回する風を見ている。
その中でもキースの落胆が一番激しい。
「なんだ……やっぱりカナってチートじゃん。俺、剣もイマイチだし、魔法ではカナに負けるし、俺って……」
いやいやそんな……面倒くさいなぁもう。
「ラセルが帰ってきたら土魔法もできるか見てみよう。なんか出来ちゃう気がするけど。もし出来たらカナはキャッツランド魔術師界のトップレベルに立てるね」
まったく成功を望んでいない表情でキースは服をたたんで執務室へ戻っていく。なんだかその背中が冷たく感じて、私は声をかけることができなかった。
「カナ様、気にしちゃダメ! 男の嫉妬ってほんと嫌ですよねぇ」
レイナはそう慰めてくれたけど、うーん、嫉妬か……。聖女の力でちやほやされてきたけれど、他の属性という他人と被る領域にまで手を出したのは、人間関係の軋轢を生んでしまうかもしれない。
キースにはこの世界に来た時からお世話になりっぱなしだ。だから、彼にマイナスの感情を向けられたことが少なからずショックではあった。
でも、魔術師としてできればもっと力を付けたい。その目的がどこにあるのかは自分でもよくわかっていないのだけど。
「次は土属性ですか。土は操れる人は少ないんです。私が知っている限り、殿下だけですね。しかし土属性……先日聞いた豊穣の力も土が絡んでいる気がします。以前、殿下がそれに近いことをしていましたから」
ビスは考え込むような仕草で、芝生のうえを指で撫でた。
ビスは剣という絶対的な得意分野があるからなのか、私の魔術に嫉妬の目は向けない。
「ラセルはすべての属性を操れるのよね?」
「えぇ、その上難易度も精度も高い魔術を操れますから。世界でも数えるほどしかいない上級魔術師であり、キャッツランドナンバーワンの実力を認められた魔術師です」
「そのうえ、剣も強いのよね?」
「殿下はキャッツランドの騎士の中ではナンバーツーの実力があります。前回の騎士王選手権では2位でしたから。ちなみに私は3位だったんですが」
「騎士王選手権?」
「国元で年1回やるんですよ、騎士の中のナンバーワンを決める戦いが。ナンバーワンは近衛騎士団長でした。鬼強いんですよ。でも殿下は僅差で2位でしたから、殿下も鬼強です。普通、警護対象の王子が2位ってあり得ないんですけどね」
ビスは3位でも悔しがっているそぶりを見せない。これは性格的に人をねたんだりしなんだと思うのだけど。
「どうしてキースは、ラセルには嫉妬の目を向けないのかな。幼馴染みって聞いたけど、主従だからあまりそういうの、感じないのかな?」
ラセルからは謙虚さ、というものは微塵も感じないのだけど、人間関係の軋轢とかはないのだろうか。
「キースと殿下は幼いころからのお付き合いですし、そういうのはないんじゃないですかね。ただ、殿下に嫉妬する人は国元にも結構いますよ。ああ見えて敵が多い方なんです」
あんなに人に嫌われるとへこむ王子なのに、そんなに敵が多いなんて。
でもラセルには、猫の魅了という力もある。今日も猫の姿で絶賛媚びを売りまくって外交しているんだと思っていたけど。
「猫の魅了でも解決しない敵なの?」
さらに追及する私に、ビスは話すのを迷って、結局苦笑で終わらせる。
「殿下はカナ様にそういう話聞かせるの嫌がると思うんです。気になるならご本人に聞いてみてください。あ、帰ってきたみたいですよ」
表門のほうから馬も嘶きが聞こえてきた。ラセルの乗った馬車が帰ってきたんだ。
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