一人洗濯機
あんな事件があって、公邸は慌ただしくなってはいたけれど、私は一つ大きな決意をしていた。私も何かもっと援護できるような魔法が使いたい、と。
例えば、前回ラセルと剣士が戦った時に、魔術師が裏で援護していた。私も同じようなことができれば、少しは戦いも楽になったんじゃないかって。もちろんあの時は新月だったからどれもムリなんだけど、新月以外ならできるじゃない。
レイナにお願いしてみたら、今日はビスも非番なので一緒に魔術を教えてくれることになった。
ビスが非番の時は、ラセルには第七騎士団の総勢19名で護衛に回ることになっている。ビスがいればその半数で済むわけだから、ビスの力のほどがわかるというもの。
汚れてもいい服を指定され、まずは中庭へ向かう。
ダビステアの公邸の中庭は、ルーシブル公邸の中庭よりも大きく、美しい芝生が敷き詰められ、可憐なピンクのバラの花に囲まれている。
美しい中庭にちょこんと座っていたら、ビスが大きな桶を持って現れる。
続いて、レイナが白いワイシャツを持ってきた。
「私たちは鑑定のスキルを持ちませんから、カナ様がどの属性の相性がいいのかわからないですが、とりあえず水を出せるか見てみましょう」
ビスはそう言うと、私の前に桶を置いた。
「とりあえず、この樽に水が溜まるところをイメージしてみてください」
水……水……。頭の中に冷たいプールのような感触を思い出す。
指先から流れる水……水……。すると指先から淡い光が現れて、透明というよりは光を放った水が現れる。
ビスとレイナが息を飲んだ。
「これは私が作る水とは全く違いますね」
ビスが水を救い、指先から零れる光を見ている。
「まさか…聖水とか……?」
その時、パァン…ッと水が弾けて消えた。そして私たちの目の前に、黒い炎のようなものが出現した。
「うぎゃ……ッ! なにこれ!?」
失敗した? と思ってビスを見たら「あぁ、なるほど」と呟いた。
「カナ様は、今まで聖魔法のみ出現して、普通の属性の魔法は初めてですからね。これはお約束のようなものですよ」
そう言うとレイナもなつかしむように黒い炎を見る。
「子供のころみたやつですね」
黒い炎は突然喋り出す。
「汝…誓うか。我が心に宿りし名において善意と調和を持って力を行使すると。同胞に刃を向けぬと誓えるか」
何を言ってるのだ? この炎は……。
「とりあえず、誓いまーすって言えばいいんですよっ」
レイナは小声で教えてくれる。
「誓いまーす」と告げると炎は消えて、また水が現れた。
「今のはなんなの?」
するとビスが苦笑しながら「儀式です」と教えてくれた。
「大昔、まだキャッツランドもダビステアもなかった時代に、この世界で大きな戦争が起きたのですよ。人は思うがまま攻撃の魔法を使いまくって世界が荒廃したんです。精霊たちは怒り、それから人が魔力を発動すると、ああやって現れて初めの魔術師としての誓いをやらされるわけです」
「へぇ~…なんで初めに使ったイルカの時には出てこなかったの?」
「イルカの時は、浄化と治癒の魔法で、攻撃とは魔逆のものですからね。聖魔法と他の属性の魔法は大きく性質が違うものです。この水の魔法も使いようによっては攻撃できますし、人も殺せます。だから、他人を決して攻撃しないように誓約をかけるんです」
な…なるほどー。
「でも、ダンジョン行った時は攻撃魔法を使ってたわよね? あれはいいの?」
「あれはモンスターに向けて撃っていましたから。モンスターは同胞に当らないですし。ちなみにダンジョンは魔族領の飛び地ですし、あそこは精霊の範疇じゃないです。実は人に向けて攻撃を撃っても誓約の範囲外です。そのため、ダンジョンでは魔術師同士の私怨による決闘が後を絶たなくて。これも困りものなんですが」
「へぇ……! ダンジョンに行けば撃ち合えるから?」
「そうなんです。いくら規制してもそういう人達が出てきちゃうから。でもダンジョン攻略に魔術師は欠かせないですし、ダンジョンの管理はなかなか大変なようです。ダンジョン以外でモンスター退治をするときは、周りに結界を張るんです。実はイルカの時は、殿下が船の周りに結界を張っていたんですよ。攻撃が流れ弾で他のところに行かないようにね」
「全然気付かなかった……」
「ちなみに、我々騎士は、対人でも剣に魔術をまとわせて戦います。魔術師は防御魔術や妨害魔術、支援魔術をつかいますが、それはギリギリセーフで、精霊達も多めにみてくれます」
剣に雷まとわせたりする、アレか。でもどうして剣だとセーフなのかな。
私の疑念を見たビスは説明を重ねてくれた。
「たとえばファイアーボールのようなメジャーな攻撃魔法、街中であれを放ったら火事になるでしょう? 山に燃えうつったら山火事になり、多くの罪のない精霊達をも殺傷してしまいます。戦争となったら敵味方でそれを撃ちあうわけですからね。しかし剣に炎をまとわせて戦う、これは対峙する相手のみをピンポイントで殺傷します。規模の違いです」
「一律魔法を攻撃に使うな、にすればいいのにまどろっこしくない?」
「確かにそうですね。しかし攻撃魔法を使用しないと魔獣も倒せませんから。そのあたりは精霊も承知の上です。この目的は世界大戦の抑止と言われてるんです。魔術師が大規模な攻撃魔法を人間相手に使用しないことによって、大昔の大戦以降、小規模な戦争は起こっても、大規模な戦争は起こっていません」
つまりは、元いた世界に例えると、攻撃魔法=大量破壊兵器ってことかな。剣に魔法をまとわせるのは、多くの国が持っているミサイルみたいなもんかね。
この世界に来てから、三カ国目。人攫いはいたものの、戦争は見ていない。
「魔術は使いようですよ! 私は風の魔術が得意です。でも魔獣相手でも攻撃魔法はうまくいきません。私には攻撃は合わないみたい」
レイナは優しく微笑んだ。レイナには確かに攻撃は似合わない。
レイナは私の作った水を風でかき回した。風の動きが見える。
それに合わせて私も風を作ってみた。ビスは目を見張って私の水と風を見比べた。
「カナ様……水を維持しながら風を起こせるんですか!?」
いつの間にレイナは風をやめ、水の中に風が生まれている。
「水と風を同時に起こすのは高等技ですよ? 一人洗濯機ができるということですから」
一人洗濯機!?
「ちなみに、私とビス様は水と風を同時に起こせないので二人で洗濯機やります。でも一人で洗濯機ができるなんて……やはり聖女様の潜在能力って恐ろしいものがありますね」
レイナも深く頷いている。
確かにこのスキルがあれば、新月の時以外クリーニング屋さんが開業できる。私はこの世界で生きていく技術をまた一つ習得できた気がした。
「こうなったら乾燥機もできるか試してみます? 火を使った応用なんですが…」
レイナは執務室の方を見つめ、新たな先生を召喚する準備にかかった。
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