ラセルの買っている恨みとは

 ラセルは手を握って看病してほしかったみたいだけど、私はせっかくに機会を逃しちゃいけないと、パーフェクトヒールをかけて完全に毒をラセルから抜いた。


 ラセルはかなりがっかりしていた。毒で苦しむより全然いいと思ったんだけどな。


 しかし、昨日は初めてラセルと深い話が出来た気がする。ラセルは、聖女だから傍にいてほしいと思ったわけではないんだとわかった。


 胸の奥に芽生えた深い信頼と愛情に、私の胸は苦しくなる。ラセルは私のこと好きなのかな。まさか……とは思うけど。彼はあのビジュアルで、女の子と付き合ったことがないという衝撃の事実を知ってしまったし。いや、それにしても、私はない……よね。


 悶々としていると、キースとラセルが厳しい顔をして話しているところの通りかかった。


 胸がドキドキしてくる。


「ダビステアの警備兵が昨日のやつらはどうなった? って聞いてきたよ。あいつらラセル王子って大声で呼んでたからバレちゃったんだよ」


「なんとかごまかしといて。金渡せばなんとかなるだろ」


 なんでも金で解決。この世界は汚職にまみれている。


 ドキドキなんてしてる場合じゃなかった。ラセルは先日のごろつきといい、どうやら誰かに強烈に恨みを買っているらしい。


 喧嘩っ早いとは思うけど、それは彼の王子らしからぬ正義感からであって、決して悪い人というわけではないのだけど。ちょっと失礼なところもあるけど、根はいい人だし。


「あー、それにしてもこの街中に俺が童貞ってことが知られてしまったのかぁ。もっといい言い方ってなかったかなぁ」


 気にするところそこかい。なんで男ってそれを気にするんだろう。疑問に思っていたらキースが私に気付いてくれた。


「あ、カナ。おはよう! 昨日はラセルをパーフェクトヒールしてくれてありがと!」


「気にしないで。本当はすぐにしたかったんだけどさ。ラセルはもう大丈夫?」


 昨日の今日だから、ラセルの顔見るのドキドキしてつらいなぁと思いつつ、ラセルにも話しかけた。


「昨日はカナ、優しかったなぁ……。これなら毎日毒を浴びてもいいかも」


 バカなんじゃないだろうか。そこまで愛情に飢えているのか疑問に思うよ。


「そんなことよりラセル、あいつらを締め上げて黒幕を吐かせないと! 警備兵に引き渡さないのはそのためなんだし」


 キースは腹心としてラセルの安全を確保する義務がある。ラセルが予定より早く元気になったから、取り調べは今日行う。ラセルの予定のスケジュールはすべてリスケだ。


「そうだなー。俺の魔術で調べないとわかんないからな。しかしなんでそこまで恨まれてるんだろ。俺って性格悪いかなぁ」


 ラセルは昨日からずっとそれで悩んでいる。剣に強烈な毒を塗っての攻撃は、明確な殺意を感じる。そこまでの恨みってなんだろう。


「俺はラセルを性格悪いとは思ったことないんだけど、もうちょっと大人しくしててくれないかなーとは思うなぁ。それは騎士団員もお国元のお偉いさんもそう思ってるよ」


 そりゃそうだよね。キースは初めて会った時からいやぁな顔をして、喧嘩っ早いラセルを睨んでいたし。


 騎士団員の人も、警護対象がこんなに暴れ馬なら困っちゃうと思う。


「大人しくないから殺すとはならないだろ。殺されるような恨み……ほんと心当りがないのが怖い。俺って知らないうちに誰かを傷つけているんだろうか」


 悶々とするラセルを連れて、応接室へと向かった。



 ◇◆◇



 昨日の二人はだいぶ大人しくなっていた。ビスやレイナから、いかにラセルが良い人であるかをこんこんと聞かされていたからだ。


「昨日はすみませんでした。なんか、いい人って噂だったけど、貴方に妹を殺されたって言う人が、全然いい人じゃないですよって言うから」


 魔術師の方がメソメソと泣きだしている。


「それにめっちゃ涙流して、情感たっぷりにあなたが凶悪な強姦魔だって言うんです。すみませんでした」


 剣士の方も頭を下げる。


 そんな二人にキースはぶち切れた。


「君たちね、この人がラセル殿下ってわかったうえで斬りかかったよね? れっきとした王子なんだけど? 悪い人だろうがいい人だろうが、王子に斬りかかったらまずいってわかんないのかな?」


 そんなキースに二人は変な反論をしてくる。


「だって、俺達、王子って人種が大っ嫌いで。俺達も王子に仕えてたから。ものすごい横暴で、バカで、そのくせスケベで。いかにも女を無理やりヤってますってキャラだから許せなくて!」


「どこの王子様か知りませんが、その王子とうちの殿下は別人です。別人ならキャラも違うでしょう? うちの殿下は特攻するような決死な気持ちにならないと女性の手も握れない方です」


 ビスが冷静にそう反論に返した。


 昨日のデートは特攻するような決死な気持ちだったというわけ? てことは……やめよう。今はそれどころじゃない。


「君たちね、人の言葉を鵜呑みにして人殺しを買って出るなんてどうかしてるよ。自分の頭で考えないと。まぁいまさら遅いけどね。王族に刃向いた人は死刑。ダビステアではそう決まってるからね。ダビステアの友好国であるうちの王子にもそれは適応されるよ」


 二人は今さらながら震えあがる。自分達の仕出かした重大さに今さら気付いたようだった。


 そんな二人にラセルは王子様スマイルで微笑む。ラセルの気持ちは痛いほどわかる。彼は今、自分の好感度をかなり気にしている。


「悪いけど、俺も自分の身の安全を図りたいんだ。お前達の記憶を読む。これでも俺は天才と呼ばれた上級魔術師で、人の記憶を読むことができるんだ。無断でやって怒られたことがあるから、前もって言っておくな」


 私はハッと気付いた。そこだよラセル!


「ラセル! あなた、常日頃、天才だの一流だのうるさくない? そこが嫌われるポイントなんじゃないかな。そこ直した方がいいよ!」

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