王子様とのデート

「ねぇ……この手はなに?」


 なんと王子様は公邸を一歩出たあたりから、手が一瞬触れ合ってからの、かなり自然な形で「恋人つなぎ」ってやつに持ち込むという高等技をやってきやがりました。


 見上げると、ラセルは少しはにかんだ笑みを浮かべて手を逃がさないように強く握ってきた。


「ほら、人多いし、はぐれたら公邸に帰れなくなるだろ? 俺だって緊張してるんだよ」


 新月の夜ということもあり、辺りは暗い。その分、工夫を凝らした魔石が散りばめられた宝石箱のようなイルミネーションが映える。


 私たちのように手をつなぐ男女が溢れ、街中がロマンスが生まれそうな空気を醸し出している。


「今日のカナ、いつもより、いてっ……なんで蹴るんだよ」


「そういうの言わなくていいんだってば! そ、それに、あなたみたいな人、他に誘う子いないわけ?」


 レイナもああ言っていたけど、やっぱりラセルはカッコいいのよ。王子様って地位を抜きにしてもね。


 スラーブルにあるキャッツランド公邸には、当然侍女も大勢いる。それに王子様としてのお付き合いもあるのだし、他国の王女や御令嬢の知り合いも多いだろう。


 なぜそっちに行かずに私を誘ったのか……。聖女って付加価値をつけるならば私を誘うのもまだわかる。でも今の私って……。


「誘う子ねぇ……。あまり女子って得意じゃないし」


「その顔で言うの? それを」


「そうなんだよな。俺ってかなり顔はいい方だと思ってるんだけど、その割に……なんでなんだろうな。あまり女子には縁がないんだよな」


 ふ、ふぅーん……そんな風には見えないけどね。彼氏連れの女の子達もラセルの方をちらちらと見てたりもするし。


 そしてそんな女の子を連れている男子からは一瞬敵意をむき出しにされるんだけど、ラセルは知らん顔をしている。罪な男だ。


 イルミネーションに照らされながらしばらく歩くと高台にまでたどり着いた。眼下に遠くから散りばめられた圧倒的な夜景が見える。


 高台にはオシャレなバーやレストランが並び、カップル達がそちらに吸いこまれていく。


「実はさ、キャッツランドでは15歳で成人なんだけど、アルコールは20歳からなんだ」


「へぇ。日本では18歳で成人で、同じくお酒は20歳からだよ」


「カナ、俺デビューしちゃおうかな。どれがいいと思う?」


 バーに入り、お勧めのお酒をピックアップしてもらう。おつまみには一番高いお肉を注文して、ラセルの初めてのお酒に乾杯した。


「大人になったって感じだなぁ」


「良かったねぇ。でも意外。あなたってちゃんと法律守る人だったのね」


「……そりゃどういう意味だ」


 そういう意味よ。しばらく無言でぼんやりとカクテルを傾ける。


 ふいにラセルが口を開いた。


「カナ、魔力使えなかったら自分価値ないって思ってるかもしれないけど、それは違うから」


 急に真面目に切り出してきた。


「俺さ、12歳まで魔力使えなかったんだ。普通は6歳くらいで魔力が発動するんだけど。王族だからそりゃ、居場所なかったよ。猫にもなれないし、兄貴からはいじめられるし、毎日俺って価値ねぇなぁって嘆きながら暮らしてたんだ。けど、その分剣術頑張って磨いたし、王族だからそこまでやんなくていいんじゃね? ってくらい勉強もしたよ。だから今の俺があるかなぁ……って」


「そんなに嫌なお兄さんがいるの?」


「今はそんなことないけど。俺は天才魔術師だから、あいつらなんて小指で捻れるし。でもそういう事情で、子供の頃は平民の学校に行ってたんだ」


「えっ! 王子様なのに?」


 王子なのに貴族や王族の学校に行かなかったんだ。だから言動と行動に貴族っぽさがないのかもしれない。ビスなんかは普段からそこはかとなく気品があるけれど、ラセルは完全に猫を被らないと王子モードにならないというか。


「平民の学校には魔法の授業がないからな。でも全然不便さはなかった。なんといっても魔道具があるから、魔法なんて使えなくても普通に暮らせるんだ。ちなみに俺は航海士の息子って設定で通ってた」


 身分を隠してたってことか。天才を名乗るくらいだから順風満帆な人生なのかと思ってた。


「だから、魔力が使えなくても価値がないことにはならない。そんなの昔の友達に失礼だしな。あいつらは魔法なんて使えなくたって、騎士になったり、魔道具売ったり、新聞書いたり、料理作ったり、農業を営んだり、価値ある人生歩んでるよ」


 胸の奥からじんわりと、これまで以上の感情が溢れだすのを感じていた。一過性の化学反応のような恋とはまた違う。


 強い信頼がはっきりと生まれた。


 私……やっぱり……。ラセルのこと、恋愛感情の好きって感情以上に大切に思い始めてる。気持ちがごまかしきれなくなってきた。


「そろそろ酔ってきたから帰るか」


 照れたようにラセルが微笑み、また手をつないで帰る。そんな時に急に後ろから声をかけられた。


「貴様、キャッツランドのラセル王子だな!?」


 いきなり男からラセルが声をかけられた。二人で振り返ると、若くて少し痩せた若い男がいきなり剣を抜いてきた。


 いきなり剣を抜いた男に、周りが悲鳴をあげる。


 ラセルは私を後ろに庇うと、自分も剣に手をかけた。


「この女の敵! おい君、その男から離れるんだ! その男は数々の女を手篭めにした凶悪な犯罪者なんだぞ!?」


 その男は私を指さしてラセルから離れるように言ってきた。なんなんだろう、この人。


「はぁ? 俺が女の敵ってどーいうことだよ!?」


 ラセルも段々と殺気を帯びてくる。


「ユージェフさんの妹さんはお前に乱暴された後、それを苦に……っ! 貴様はなんとも思わないのか!? やはり王子という人種はロクなんじゃないな!」


「ユージェフさんって誰!? 俺は女相手に暴行なんて……誰にもやってねーよ!」


「ウソをつくな! ユージェフさんの涙は本物だった! しかもお前は妹さんの友達へも次々と犯行を繰り返したらしいな!」


 悲鳴をあげて遠巻きに見ている人々も「えーそうなの?」「あの人あんなにカッコいいのにね」などと、この男の言うことを間に受けている。


 ラセルはもしかして酔っていたのかもしれない。


「ふっっざけんな! 俺は童貞だよ! 俺の名誉にかけて、誰ともそういうことはしていない!」


 周りがしーんと静まりかえってしまった。

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