出立と誕生日
朝を迎え、私たちはルーシブルを発つことになった。簡単に荷物をまとめ、馬車に詰め込む。
するとそこに、天使のレオン様が舞い降りていた。
「バタバタしている時にきてしまってすみません」
レオン様は赤いバラの花束を持参していた。15歳にして、やることがなんというか……完成されている。
「先日は母が無理を申しあげたようで…」
すまなそうに謝る少年。君はまったく悪くないのだが……。
「レオン様はお母様に結婚相手を探してもらって、お母様の言う通りの方と結婚するのですか?」
この世界の常識なので、私が疑問に思っていることがそもそも変なんだけど、若干15歳のこの少年には聞いてみたくなった。
レオン様はゆっくりと首を振った。
「できれば、私は自分で探したいと思っています。それが貴女だったらよかったのに……って」
淡いブルーの目がまっすぐに私を捉える。え……それって……。
「私は、母から言われたからではなく、貴女と添い遂げたいと考えているのです」
「えっ!……な、な、なんで!? 私が聖女だから!?」
この歳で聖女をネタに出世しようと、自らの意志で考えているということか!? なんと末恐ろしい15歳。
しかしレオン様はそれも否定した。
「貴女のその瞳が好きなのです。何者にも媚びず、凛と一人で立つような強さを持つ瞳が。初めてお会いした時から僕は貴女の瞳に捉えられていました」
レオン様は跪き、花束を掲げた。
「本国に帰られてから、少しでもいいので私のことを思い出してください。男性がお嫌いと伺っておりますが、もしご結婚を考えられる時は、私も候補の一人として考えていただけると嬉しいです」
ちょっとぉぉぉ……な、なんなのよ……。私はなんと答えていいのかわからず、とりあえず花束を受け取った。
私は喪女。これまでの人生、こんな美少年に熱烈に愛をささやかれることなんていままでなかったわ。
「レ……レオン様もお元気で」
わたわたしながら馬車に乗り込み、同じ馬車にいたキースからは「うひょっ」とからかわれる。レイナは歓声をあげた。
「綺麗な赤いバラ! 船についたらさっそく飾りましょう!」
花をもらって嬉しいのは女子共通のこと。でも、なんだか気持ちが重たい。
私はレオン様に同じ気持ちを返せないもの。いい子だな、とは思う。でも、それだけなんだよね。
それにしても、この目つきの悪い目を褒められるとは……。嘘かもしれないけど、くすぐったいな。
◇◆◇
船に着いてから、懐かしさすら感じる自室に荷物を置く。ベッドに腰掛けて、バッグの一番上に置いていた、可愛らしい紙袋を手に取った。
センスのない私に代わり、レイナがラッピングしてくれたのだ。
今日は9月15日。この船の主、ラセル王子殿下のお誕生日である。
「ねぇ、出発の日だし、ラセルも忙しいかなぁ」
レイナに声をかけると、「そんなことないんじゃないですかぁ」と答える。基本、レイナはラセルを暇人だと考えているっぽい。
「お誕生日会とかやるの?」
「うーん……あまり殿下ってそういうの好きじゃないんですよね。おめでとうって言えばありがとうって答えてくれるけど」
あんなに誕生日アピールしてきたのに!? なんだかラセルって人がよくわかんなくなってきた。
昨日はよくわかんないことでぷりぷりと怒っていたし。
「とりあえず行ってくるね」
忙しくて追い返されたらそれはそれでいいか、と思い、ラセルの自室のドアをノックした。
「あいてるよ」
中から声がする。そーっと開けてみると、でかい机の上に新聞を広げ、熱心に読んでいる姿が見える。
今日も黒髪キューティクルは完璧で、安物っぽい服を着ていてもやっぱり顔だけはカッコいい。
近付くと目線をこちらにあげる。私だと認識すると目を見開いた。
「えっ! カナだったのか。キースが来たのかと」
「私じゃまずかったわけ?」
そう言って睨むと、嬉しそうに微笑んだ。睨むと喜ぶ謎心理。やっぱりよくわからない人だ。
立ち上がると私のところまで歩いてくる。私より20センチ弱くらい背が高いから見上げる形になり、後ろ手に持つプレゼントを持つ手に力が入る。
もう見慣れた顔なのに、二人きりだとどうも緊張するよ。
「どうした? なんか困ったことがあったのか?」
「別に。ただ、ずーっとあなたがアピールしてきたからプレゼントを持ってきたの」
すっとプレゼントをラセルの手に握らせる。少しだけ指先が触れてドキッとした。
「お誕生日おめでとう」
睨みつけてそう言うと、ラセルは信じられないものを見るようにきょとんとして、その後、「おぉぉ……マジか……」と絞り出すように呟いた。
そして大事そうにプレゼントを両手に持ち、「マジかぁ……超うれしい」と綻ぶように笑った。
そんな表情の変化をじーっと見ていると、なんだかこっちの心臓の音もバクバクしてくる。ラセルってクールな印象が強いけど、実は表情がくるくると変わるタイプだったのね。
「開けていい?」
「いいけど」
わざとツーンと返すと、ラセルは大事そうに首輪を手に取った。可愛らしい鈴も付けている。
これを付けていれば近づいてきたのに気付かないということもなくなるからね。
「えーと、これはブレスレットかなにか?」
「首輪。にゃんこのね」
「なるほど」
ラセルは首輪をいろいろな角度から見つめ「なんか不思議な力を感じる」と呟いた。
「ちょっとした細工がしてあるの。一応手作りだからね」
手作り、と聞いて、またラセルは「マジか!」と嬉しそうに笑った。
「……カナって俺のこと嫌いだろ。先日から猫用出入り口も封鎖するしさ。ちょっとへこんでたんだよな。でもこんなん用意してくれてマジで嬉しいわ」
プレゼント作ってるときに入ってきてほしくないからね。でも嫌いって……もしかして男嫌いの件?
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