男嫌い

 夫人が帰った後、はぁぁ~とキースは脱力し、ソファーにごろっと横になる。


「あぁ~恐ろしや恐ろしや」


「恐ろしや、じゃないわよ!」


 私は近くにあったクッションを思いっきりキースの顔にぶつけた。無防備な顔にクッションが炸裂。


「なにが「俺にまかせて」よ! あんた押されっぱなしだったじゃない!」


「そうだな。もう少ししっかりしてくれないとこの先が思いやられるぜ、


 いつの間に人間に戻ったラセルも、髪のキューティクルをいじりながらキースに苦言する。


 キースは面白くない、という感じで、クッションをラセルに投げつけた。


「お前こそ、もう少し早く魅了入れろよ」


「いい機会だからキースの力量を見てやろうと思ったわけだよ」


 ラセルはクッションを難なく避けると、相変わらずつまらなそうにキューティクルをいじっている。


「これからこういう話は増えてくる。矢面に立つのは俺じゃなくてお前だ、キース。もっとうまくやれ」


「ハイハイ、前向きに善処します……って、いてっ!」


 私はまたキースにクッションを投げつけた。


「どういうことなの? これからああやってお見合い話を持ちこまれるの?」


「カナは聖女さまだからね。言ったでしょ、狙われるって。あれは命を狙われるという意味じゃなくて、聖女を国に囲い込もうとする連中や、聖女をネタにのし上がろうとする連中の駒にされやすいってことよ」


 よっこいしょっとキースは起き上がり、クッションを手元に置く。


「国の有力者の配偶者にする、っていうのが一番効率的かつ確実な方法なんだ。今回のサザン夫人は、ルーシブル内での発言権を強めたかったんだろうなぁ。だから、あのおぼっちゃまの嫁にしたかったんだろうね」


 政略結婚ってやつか。ずっと日本の下流~中流で生きてきた私には御縁のない世界だと思ってた。


 自分の人生が自分のものでなくなるような、そんな不安が襲ってくる。


「だからこその公爵令嬢よ。この先も本国に持ち帰りますで終わらせるから、心配しなくていいよ」


 のんきなキースはそうやって言うけれど、肝心の本国に帰ったらどうなるのかな。


「ねぇ……キースのお兄様は私をどうするつもりなの? やっぱりヒルリモール家に有利になるような家に嫁がせたいって思うんじゃないの?」


 そう言うとキースは首をかしげた。


「ヒルリモールに有利って言ってもなぁ……。特にないんだよね。王家のぞいたら実質トップみたいなもんだし。唯一有利になると言えばキャッツランド王太子妃くらいだけど、大体、王太子妃って外国のお姫様がなるんだよね。外国の血をいれたほうがいいからさ」


「じゃあ、私が一生独身でも問題ないのね!?」


「それなんだけどさぁ……」


 キースは困惑顔だ。


「カナのいた世界では結婚しない人っていうのも珍しくないのかもしれないけど、この世界じゃ貴族平民問わず、みんな結婚するもんだよ。男も女もね」


「……ああやってお見合い持ちこまれて、その中からよさげな人を適当に選ぶ感じ?」


「うーん……、中にはお見合いって言うよりは、好きになった同士で家格があえばっていう場合もあるけどね」


「ふぅーん……」


 私はドスンッと椅子に腰かけて、クッションを膝に抱え込む。日本にいた時、結婚どころか恋愛だって考えてなかった。


 それどころじゃないっていうのもあったけど、自分一人で、自分の手でのし上りたかった。結婚は選択肢にはなかったのだ。他人なんて……特に男なんて信用できないもの。


「ずっと独身でいても、兄貴は何も言わないかもしれないけど、周りがうるさいかもよ。ずーっとあの夫人みたいなのが寄ってくるし」


「30歳になっても、40歳になっても?」


「そうなったら後妻でどうですか? って言われるよ」


 ウザ。クッションをグッと握りしめた。


「じゃあ、私が生涯独身のパイオニアになってやる」


 男嫌いのものは私に続けばいいわ。すると今までキューティクルいじりしかしていないラセルが口を開いた。


「男嫌いって言うけど、男のなにが嫌なんだ?」


 うっ……。具体的にコレが嫌って思いつかないや。キースもラセルに便乗してくる。


「ほら、男だって嫌なヤツばかりじゃないじゃないか。俺やラセルはいいヤツだろ?」


 そりゃ、そうだけどさぁ……。今は、友達とか同僚とかのレベルだからそう思うのであって、これが恋人とか夫とか、こんなイケメンの連中を相手に渡り合うのはちょっとムリだよ。


 黙りこむ私に二人は顔を見合わせると、ラセルは深く溜息を吐いた。


「この世の半分は男なんだ。性別なんて自分じゃどうしようもできないことで嫌われるのは不愉快だな」


 立ち上がると、ラセルは棚をあけて大量の練習用の剣を手に取った。


「キース、第七騎士団を集めろ」


「えー……みんな荷造りで忙しいのに?」


 文句を言うキースをラセルが殺気走った目で睨む。

 キースが「ひっ!」と大げさなくらい怯えた。


「荷造りなんてお前が代わりにやればいいだろ! いいから集めろ!」


 問答無用に命令し、自らはブンブンと剣を振り回し庭に出て行ってしまった。


「あの人なんで怒ってるの? 騎士団の人集めてなにするの?」


 キースは心底うんざりした顔をする。


「可哀想に。これから騎士団員たちはあいつの荒々しい剣の相手をしなきゃいけないんだ。あいつはイライラするといつもこうなんだよなー」


 しばらくすると、庭から殺気ばしった裂帛の声と、騎士団の人たちのうめき声が聞こえてくる。


「なんで引越しの日にわざわざあんなことしてるの?」


「それはカナのせいだよ」

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