夫人の訪問
応接間に近付くと、サザン夫人の「オーホッホッホッ」という貫禄ある笑い声が聞こえてくる。
なぜかキースは妙に緊張しているようだった。聖魔法のことなら私単体でもいいはずなのに、どうしてキースまで呼ばれるのかな。
一抹の不安を抱えながら、キースの後に付いていく。
「失礼しまーす」
ノックをして部屋に入ると、夫人は豊満な胸を強調したような迫力ある衣装で、黒猫を膝に乗せて微笑んでいる。
「キース殿、お忙しい中お呼びたてしてしまい申し訳なかったですわ」
「忙しくないからいいですよ」
本当にキースは忙しくないんだけどね。
キースはやや緊張した表情で、夫人の向かいの椅子に座った。私はそのまた隣にちょこんと座る。
「さきほど殿下にもお話していたのですが、カナ殿はつい最近生き別れの妹さんとして見つかったということで、当然決まった相手というのはいらっしゃらないのよねぇ?」
「は……はぁ」
キースは、堅くなりながら答えになっていない相槌で応じる。決まった相手、とは……。
私が夫人をおそるおそる伺うと、私をみてにっこりと笑った。
「キース殿、カナ殿、我がサザン家はルーシブル王国きっての老舗の名家ですの。キャッツランドのヒルリモール公爵家とも、家格としては勝るとも劣らないと自負していますわ」
「は、はぁ……はい」
またキースが間の抜けた相槌を返す。
「そして我が息子ながら、レオンはルーシブル王国の令息の中でも魔術、剣術、教養、すべての面においても優れておりますわ。これは貴国のどの令息にも負けないと自負しておりますの」
「そうですね……すばらしい御子息さまですね」
夫人の親馬鹿に、またしてもキースは気のない返事を返す。一体何の話よ……。
「もうすぐこの国を立つようですが、お兄様、どうでしょう?」
夫人はあえて、キースをお兄様、と呼んだ。これは私のお兄様、という意味だよね。なにが「どうでしょう」なの?
「カナ殿を我がサザン家へもらいうけることはできないかしら?」
もらいうける!? もらいうける……ですって! ようやくこの会話の意味がわかったっ!
ギリッとした目でキースへ視線を移す。キースは手で「まぁまぁ」と私を押さえながら、あらかじめ用意していたと思わしきセリフを伝える。
「私はヒルリモール公爵家の当主ではありません。本国の兄と相談のうえ、改めてのお返事でいいでしょうか」
そうなのだ。キースはヒルリモール家の次男で、当主はお兄様と聞いている。
「しかし、本国のお兄様は、カナ殿とは面識がまだないんでしょう? 今の貴方の御意見を伺いたいのだけど」
夫人も引き下がらない。本国に持ち帰る、が遠回しのお断りとわかっているからだ。
「私はカナが幸せになれればそれでいいですが……」
「なら、レオンでいいじゃないの!」
「いや、あの、でも本国に……」
「本国は関係なくてよ」
押されているじゃないの! 頼りにならない人だね!
黙っていろと言われたけれど黙っていられないよ。
「あのっ! 私は20歳なんですけど、レオン様はおいくつですか? 13歳くらいに見えるのですが……」
夫人が「あら失礼ね」といった表情で「15歳よ」と答えた。
15歳にしたって中学三年じゃないの。私が手を出したら事案だ。犯罪だよ……。
「でもねカナ殿、ルーシブルでは15で成人なのよ。あの子はもう結婚できる歳なのよ」
そんなこと言ったってね。天使みたいで可愛いとは思っても、それは単なる鑑賞対象といいますか。夫としてレオン氏を見れるかというと、はっきり言ってムリだ。
「それにしても、5歳も年下の方をそういう対象として見れるかと言うと……」
「20歳と15歳だからそう思うのでは? 仮に貴女が85歳になればレオンは80歳。ちょうどいいんじゃなくて? 男性のほうが早死にすると言いますし、それくらい年下のほうがより長く添い遂げられてよ」
もう老後の話かい!
レオン氏は美少年だし、これから美男子になり、美中年になり、美老人になるのだろう。性格もいい……ように見受けられる。外面しか見ていないからよくわからないけどね。
将来性を見込めば、結婚相手としてふさわしいと言えなくもない。でも……。
「でも、私……」
「レオンのほかにどなたか好きな方でもいて?」
夫人はターゲットを私に絞り、どんどんと追及してくる。
好きな人…………か。頭の中にほわん……と少し前からの気の迷いを思い浮かべて、強引に消した。
グッとスカートを握りしめる。絶対に惚れたりなんかしないんだから! 好きな人なんて、一生いなくていいんだから!
「私、男嫌いなんですッ! 一生結婚しなくてもいいと思ってるんですッ! だからレオン様がどんなにイケおじとして成長してもムリですッ!!」
私の剣幕に、場の空気が凍る。
「そんな……一生結婚しないなんて……」
「カナ、お、男にだっていいヤツはいるんだよ? そんな男ってだけで嫌わなくてもいいんじゃないの!?」
今度はキースまで私を宥めてくる。あんたは私の味方じゃないのかい。
それにしても、この世界って幸せイコール結婚、なのかね。凍った空気の中、キースがハッと懐中時計を見る。
「あの、夫人、僕たち明日ここを経つのでいろいろと準備が……ッ!」
「その前に貴方の御意見を聞きたかったのですが」
「いえ、やはり本国に持ち帰ります、すみませんっ!」
「ちょっ……キース殿ッ」
そのタイミングで黒猫がミャーンと鳴く。その時、以前は見えなかった、ミャーンからの魔力の波動が見えた。
柔らかな金のオーラが夫人を包み込む。これが……魅了。
「そ、そうね。またルーシブルにいらしたら寄ってくださいね。殿下、キース殿」
しばらく恍惚とした表情で黒猫を撫でたのちにそう言うと、夫人は思いっきり猫吸いをして、その部屋を後にした。
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