聖女の覚醒②

 イルカの傍にアクアマリン色の小さな石が落ちている。


 腰を沈めてそれを取ると、精霊達が歓声をあげた。


『やったー! 最高級の魔石だ!』


『ボク達がアイテムボックスに仕舞ってあげるね』


 精霊達が空気中に四角を描き、魔石をそこに入れる。


『魔石を取り出したいって念じてみて』


 言われるがまま念じると、また手に戻ってきた。


『仕舞っておきたいものがあったらここに仕舞ってね』


「あ……うん。わかった」


 何がなんだかわからないまま、魔石はまたアイテムボックスへ戻って行く。


 冷静に辺りを見渡すと凄惨な有様だった。四方八方に血を流した怪我人が倒れ、船のあちこちが壊れている。


『カナ、治癒魔法を使ってみよう』


「治癒魔法?」


『みんなの怪我がよくなるように、念じてみるんだ』


 入り口に倒れていたレイナのことを思う。

 ロッドに月の魔力が集まっていくのがわかる。


「エリアヒール…!」


 さきほどの浄化のときよりも優しい光がロッドから放たれて、倒れている人たちの元へ集まる。比較的軽症なラセルやキース達の元へも届く。


 倒れている騎士団員が呻きながら起き上って、息を飲みながら私を見上げている。


 ラセルがゆっくりと私の前に歩いてきた。


「やっぱり、お前が聖女だったんだな、カナ」


 ラセルは微笑し、辺りを見渡し呼び掛けた。


「聖女さまに礼!」


 ラセルは私の前で片膝を付き、騎士の礼を取る。

 キースやビス、騎士団達も後に続く。


「えっ、えぇぇっ……! やめてよちょっとぉぉ!」


 跪くラセルの肩を揺すって無理やり起こしてから、「みんなもやめて!」と言うと、騎士達は苦笑しながら立ち上がる。


「とりあえず、殿下。この子を海に返しましょう」


 ビスがイルカを指差す。ラセルはイルカの下に風を起こして、甲板から海へと戻した。



 ◇◆◇



「カナ様、めっちゃ綺麗になったのわかります?」


「いや……まぁ……そうかな…」


 可愛いレイナに言われてもなんか…どうなのって感じだけど、一夜明けた私は当社比50%増し、くらいには綺麗になっていた。


 パサついていた髪にはつややかなキューティクルが生まれ、青白かった肌は、きめ細やかな、健康的な白さに生まれ変わっている。


 目つきの悪さは相変わらずだったけど、目の奥の輝きのようなものが増している。髪色は銀から茶色に戻り、髪の長さもまた元のとおりになった。


「昨夜はどうなるかと思ったけど、カナ様のおかげでみんな助かりました」


「うーん……そうかな。よくわかんないけど、変な精霊に言われるがままにやっちゃったから」


 するとどこからもなく精霊達が現れる。


『変ってなんなのさー。変って!』


『ボク達はカナを守護する月の精霊だよ!レイナもよろしくね』


「キャー可愛い!猫の殿下より可愛いですっ!……ってうわっ」


 間が悪いことに、ドアの前にはこめかみをひくひくと痙攣させるラセルが立っていた。


「レイナ、何が誰より可愛いって?」


「いや、あの……えーとっ!……やっぱり殿下が一番可愛いです……ではまた~……」


 ラセルの横を刺激しないようにそぉ~っと抜けて、レイナは去っていく。


『ねぇ、カナはどっち派?』


『黒猫と精霊、どっちが可愛い?』


 精霊達は楽しそうにラセルの周りを飛び回り、挑発するようにくすくすと笑っている。


「うっせえ虫だな!」


 ラセルがシッシッと手で追い払おうとするも、精霊は華麗にラセルの手を回避してまた私のところに戻ってくる。


『ねぇ、カナ。あの人本当に王子様?』


『なんかやからみたいだね』


 私の周りでまたくすくすと笑って、飛び回る。


 精霊は月の光のような銀色の羽を持ち、人間の男の子をそのままサイズダウンしたような姿をしている。

 よく見ると、一人一人(単位は「人」でいいのか?)個性のある顔をしていた。


「大体、なんで精霊が目に見えるんだよ?普通、精霊なんて見えないもんだろ」


『他の精霊も、見えるようにすることもできるんだよ!ボク達も見えないようにすることもできるし。王子様、無知だね』


「いちいちいちいち喧嘩売るようなこと言ってんじゃねぇよ!」


 ラセルが精霊相手にガチの喧嘩を始めてしまった。私もレイナのようにすぅ~っと抜けて、部屋を後にした。


 もう間もなく、ルーシブル王国の港に到着する。甲板に出ると眼下に港町の風景が見えた。


 人が多く賑やかな光景で、到着した船からは、いかにも荒くれ者のお兄さんって感じの人たちがわらわらと降りてくる。


 港町の光景を眺めていたら、歩いてきたキースとビスに話しかけられた。


「やぁ、カナ。先日は助かったよ」


「キース。聖女さまに馴れ馴れしくしてはいけないのでは?」


「いいんだよ、俺は戸籍上はカナの兄貴なんだから」


 キースはそんなことはないのだが、ビスはどうも私とは距離がある。というより、聖女さまってあがめられるの嫌だな。


「あの、聖女さまってやめてもらっていいですか? カナでいいです!」


 そんなに睨んだつもりではないのに、ビスはあからさまにビビっている。


「ビス、カナの睨み怖いだろ~」と、キースがまたげらげらと笑った。


「ところで、ルーシブルに着いたら何をする感じ? また公邸とかに泊るの?」


「そうだよ。ラセルはルーシブルの王族や貴族たちとの猫外交があるけど、俺達は基本暇。ラセルの護衛も現地のキャッツランド公邸に勤める騎士がやるし」


「まぁ、殿下の護衛って基本いらないですけどね。殿下が一番強いわけですし。形的なものですね」


 猫外交……。前にラセルから聞いたことがある。


 猫の姿になって「きゃわわ~可愛い」と、貴族のマダムやおじ様たちに撫で繰り回されるイベントらしい。ちょっと気の毒ではあるけど、それが仕事なら仕方ないよね。


「で、カナ。相談なんだけど……」


 キースが声をひそめて話し出す。


「このルーシブルには、そこそこ有名なダンジョンがあるんだ」


「ダンジョン!?」


 ダンジョンってよくラノベとかでみる、アレか。冒険者たちが集ってよくわからない洞窟みたいなところでモンスターを狩ってアイテムゲット的な。


 この世界では魔族領と人間の領域に分かれていて、魔族がかつて治めていた名残としてダンジョンがあるらしい。ダンジョンの奥底は、魔獣領とつながりがある。


 ただし、瘴気の影響で出る魔獣とは異なり、ダンジョンにいる魔獣達は、ダンジョンから出ることはなく、基本的には害はない。


 むしろ、魔石という恩恵を与えてくれるので、各地の腕に覚えがある冒険者や騎士、魔術師達が潜り込んで魔石を取ってくる。


「俺らと一緒にパーティー組んで、ダンジョン潜ろうよ」


「ちょっ! キースなに言ってるんですか!?」


 キースはノリノリだけど、ビスはあわあわしている。


「大体、殿下の許可は取ってあるですか!?」


「なんで俺らがダンジョン行くのにあいつの許可がいるのよ?」


「そうじゃなくて、カナ様を連れ出すのは許可が必要でしょう!?」


 そう言うとふーん、とキースはいじける。


「カナの爆発的な治癒能力があれば、いつもより深い階層まで潜れるのに」


 ダンジョンかぁ。怖いけどちょっと行ってみたいような気がしないでもない。


「そうそう、カナ。カナがロットにしちゃったあのラセルの剣、いくらかわかる?」


「へっ!?」


 そういえば、ご立派そうな重い剣だったっけ。よくこんな重たいものを振り回せるなぁって思ったけど、王子様の剣だし、高価なものだったかも。


 私はロッドを取り出す。あの魔石同様、ロッドも好きなタイミングで出し入れできるようになったのだ。


 シルバーの輝くロッドの先端には、小さな満月が飾られている。元々がラセルの剣なので、持ち手には、猫と月の紋章が入っている。


「なんと、22,222,222キュウするんだぞ」


 キュウ、はキャッツランド王国の通貨だ。(肉球、のキュウが由来らしい)でも私はキャッツランド人じゃないので、いまいち価値がわからない。


「なんと、俺の実家が二棟建っちゃうくらい」


「ひぇ…っ」


 高……! どうしよう、今からでもまた剣に戻せないかな…。


「だから剣も買いなおさないといけないし、ほら、もうすぐあいつの誕生日だろ?」


「……!!」


 そうだった!


「ダンジョンに潜ってアイテムゲットして……」


「キース、いい加減にやめなさい!」


 そんなこんなで、私たちはルーシブル王国へと入国した。

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