ところ変わってナルメキアの不穏①
サイラン・アークレイは、ナルメキア王立魔術アカデミー始まって以来の天才とされる魔術師で、21歳という若さにして宮廷魔術師第二師団副団長に任命されている。
この国では第二、と名のつくものは、第二王子付の所属部隊で、第二王子の魔物退治遠征やら、宗教行事に帯同する。
サイランの不満は第一王子ではなく、なぜ第二王子付に自分が配属されているのか、だ。王位継承順位が低いのみに関わらず、第一王子である王太子よりはるかに愚鈍だ。
――まぁいい。いつか謀反を起こさせるさ。
愚鈍な割には野心家の王子だ。産まれた順番が遅かっただけで、自分こそが王位を継ぐ者だと周囲に放言して憚らない。
サイランは常に「そういうことを大声で言ってはいけません」と伝え、最近では魔術で口を閉じさせてもいる。
そういう事情で大人しくしてもらっているので、王太子側も油断しているところだろう。幸いなことに、第三王子も似たようなものだったので、王太子の警戒は第三王子の方へ向いている。
サイランは元々は伯爵家の生まれではあったが、サイランの父が横領の疑いで捉えられ、爵位剥奪されたことによって運命が狂った。
しかも後から調べたところ、横領は嵌められたもので真実ではなかった。
一家は離散し、幼いころは孤児院で育った。
しかしサイランの類まれなる魔術の才能を魔術アカデミーの講師に見出され、特待生として魔術を習い、めきめきと頭角を現したのだ。
しかし、類まれなる才能を持ちながらも第一師団に所属できなかったのは、出自が関係していると疑っている。
――貧しさも、屈辱ももうたくさんだ。
第二王子の執務室のドアをノックし、中へ入ると、人の悪そうな笑みを浮かべた第二王子・ルーカス・ノア・ナルメキアが、昼間からウィスキーを片手に寛いでいた。
「ルーカス殿下、こんなお時間から……」
呆れてボトルを棚に戻した。本当に無能な王子だ。だが、この無能な王子にも運が回ってきているようだ。
「聞いたか? 聖魔法の属性値、0だってよ、0! あんなに金掛けて召喚して0!……ぐはは……笑うしかねぇや」
この男は、兄の王太子が指揮をした聖女召喚が失敗に終わったことが、愉快で仕方がないのだ。
鑑定を行った魔術師は皆、絶句した。
そんなはずはないと毎日のように人を変えて鑑定を行ったが聖魔法の属性値は変わらなかった。
火、風、土、水などの属性値はチートレベルで高い数値を叩き出したが、それがなんだというのだろう。
国には正規の宮廷魔術師が既にいる。欲しかったのはそれではないのだ。
「そんな無能な女、あのバカは正妃にするとか抜かしてやんの! ヴァッカだよなぁ」
無能とは言っても恐ろしくビジュアルが優れ、人を引き付ける美少女なのだ。皮一枚の女の見た目など興味のない、サイランのような男からは理解に苦しむところだ。
ヴァッカだよなぁ、と言いながら、ふらふらと立ち上がり、せっかくサイランが仕舞ってやったボトルを持ち出し、グラスに注ぐ。
サイランは二度目は止めなかった。
ルーカスはアルコールの酩酊も伴い、あらぬ夢を見ている。兄の王太子が聖女召喚の責任を取って失脚、そこに躍り出て、王位に着くのが俺、という算段だ。
偽物聖女……その責任は魔術大臣にも及ぶ。大規模な粛清に入るかもしれない。
しかし、ナルメキアの魔法技術は世界でもトップクラスだ。召喚技術など、他の追随を許さない。失敗などするものだろうか。召喚方法についてはサイランも既に知っている。天候の条件も合致していたし、失敗しようがないのだ。
ルーカスの執務室を出て、第一師団の魔術師達と中庭ですれ違う。その時に気になる会話を耳にした。
「もしかして、脱獄した目つきの悪い女のほうが聖女だったんじゃね?」
「そんなのいたっけ?」
「いたんだって。サモファ殿が黙っとけ、地下牢にぶち込めって言ってた冴えない女が」
「なんで捕まえておかなかったんだよぉ~」
「捕まえたんだけど逃がしたヤツがいたらしいんだよ。一人、見習い宮廷魔術師も行方くらましたしなー」
「真相はやぶの中ってやつ」
第一師団の最下層の魔術師達がサイランにも構わず、噂話に興じている。
この辺りがナルメキアの統制が取れていないところだ。大国ゆえの奢りで、貴族も魔術師も騎士も腐敗が進んでいる。
汚職が横行し、何か事が起きても上に報告もせずに闇に葬る。その噂話が真実なら、どれほど取り返しのつかない失態なのか、危機感もなにもない。
「しかし、興味深い。もし、その脱獄した女が本物の聖女で、その女を捉える事ができたなら……」
ルーカスに献上したらどうなるだろう。聖女に選ばれし男。聖女がもたらす恩恵。いや、ルーカスに献上するのは惜しい。胸に宿った野心にサイランはハッとした。
サイランは、「目つきの悪いほう」と具体的に容姿の特徴を話した男の後を付けた。魔術師も最下層は給料が安い。金に飢えている。
人気のないところでその男を捕まえ、手に10万ミウムを握らせた。ミウム、はナルメキアの通貨である。この金があれば3カ月は無給でも暮らしていけるだろう。
「女の特徴? 第二師団がそんなもの聞いてどうするんだ?」
「それはお前が気にするところじゃない。どんな女だ?」
栗色のパサついた髪、顔色の悪い肌、目つきが悪い、痩せた女。男の話した特徴を並べるとこんな感じだ。
ナルメキア人はブロンド系の髪色が多い。
栗色の髪は珍しいが、最近は外国の血も混ざり、そこまで目をひかないだろう
それよりも特徴的なのは服だ。二の腕までしか袖がない、見たこともないデザインの服に、見たこともない頑丈そうなズボンを履いていたとのこと。
せっかくなので、どんな服だったのか紙に書いてもらった。
服を手掛かりに探そうと思い、サイランは、平民ファッションと念入りな変装をして街に出てみることにした。
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