黒猫の癒し②

「カナ、勘弁してやってよ、こいつこれでも傷ついてるんだよ」


 こいつ、と言ってラセルの髪を引っ張っている。


 ラセルはわざとらしく「別にもういいし。気にしてねーし」といじけてる。


「あのね! 傷ついてるのは私なの! てか気にしてよ! もう寝てる所に入ってこないでね!」


 ラセルはわざとらしく、しゅんとしていた。


「あのね、カナ。別にこいつだって下心あってベッドに入ったわけじゃないんだよ」


「じゃあなんなのよ!?」


 まぁ、ラセルだったらわざわざ私のような貧相な女のベッドに来なくたって、他にもたーくさん女の子が向こうから寄ってくるだろうけどさ。


「カナが倒れたじゃないか。でも、起きた時は元気になったでしょ? 猫だけが持つ癒し効果、これは魔法じゃなくて、特殊な力があるんだよ」


 キースがやけに熱心に猫の添い寝の効果をプレゼンする。横でうじうじとラセルが「もういいよ。誕生日だってスルーだしよ」とぼやいている。


 あ、そういえば誕生日アピールしてたの、いらない情報って言っちゃったっけ。


 それはちょっと……いや、かなり悪かったかな、うん。そりゃ、傷つくよね。


 それに今さら思い出した。ラセルは私をベッドまで運んでくれたんだ。ラセルが勝手にベッドに侵入してることに気づくまではお礼言わなきゃって思ってたのに。


「あ、あのね、さっきはちょっと言い過ぎたよ。ご……ごめんね」


 悪いと思ってるのに、なぜかラセルの顔を見るとついつい睨みつけてしまう。でも私なりに誠意を込めて謝ってみた。


「すげぇ怖い謝罪だ……ラセル、がんばれ」と怯えながらキースは去って行った。




「いや、本当に、キースの言った通り、カナが熱出してしんどそうだったから、それでだな……そんなに嫌がられるなんて思ってなかったんだよ」


 ショックで立ち直れない…みたいな風でラセルは目を逸らす。


「そんなにショックってことないでしょ。さっきは楽しそうにしてたじゃん」


「悲しみを堪えてたんだよ。男心がわかんねーやつだな。あと、ちゃんと説明しとくと、俺は猫バージョンの時は、全く性欲とかないから。マジで。本当に。これは嘘じゃない」


「でも自分の好きな時に人間に戻れるじゃない」


「何言ってんだよ。そんなことするわけねーじゃんか。俺は紳士なんだよ」


 勝手に猫になって潜りこんでくる紳士なんて聞いたことがないわ。


 でもこの会話…ばかばかしくなってきた。よっぽどの性欲オバケじゃない限り、私にとってラセルは無害だ。きっと。


「もういいよ。わかった。別にあなただったら、私みたいな子に下心なんて抱かないよね。モテるだろうし。私こそ自意識過剰だったよ」


「……わかってくれてよかった」


 よかったと言う割には憮然としてるけど、まぁいいか。


「それで、だ。お前、また熱っぽいだろ?」


「う……うーん。まぁね」


「夜になるとまたしんどくなるだろ」


「で、「今夜一緒に寝ないか」になるわけね…」


 恥ずかしすぎるセリフを言わせたくなくて、先回りする。


「お前が体調安定するまでは、添い寝することにする。俺はお前を守る騎士ナイトみたいなもんだからな」


 騎士ナイト……って!?


 な、なんて恥ずかしいこと言うのよこの男は……! やっぱりこいつは喪女の敵だわ。


 イケメンハモジョノテキイケメンハモジョノテキイケメンハモジョノテキ




 ◇◆◇



「では、カナ様、殿下、よい夢を……」


 昼間、たっぷりと憧れの人ビスを補充したレイナはつやつやした頬で私におやすみを告げる。


 変な誤解なんて…されるわけないか。ラセルだし、猫だし。ベッドの真ん中にクッションを置く。


「こっちが私、あっち側があなたね」


「それじゃ意味ねーじゃん。くっつかねーと」


「く、くっつかないと効果ないの?」


「ない!」


 まぁいいか、猫だし。確かに……もふもふふかふかであったかい。なんだか柔らかな感触に癒されるような。初めて逢った時のことを思い出す。


 救われた気がした。この猫に。


「あのね……ラセル、寝ちゃった?」


「……起きてる。どうした?」


 少しためらいがちに背中をなでなでしてみる。今ならちゃんと言えそう。


「あの雨の日も、昨日も、今も、いろいろ、ありがとう」


 やっと、気持ちを込めてお礼が言えた。どうしてもラセルが人間の姿をしていると言いづらい。


「……おやすみ」


 少し照れたようなラセルの声を聞きながら、ふわりと意識が離れていく。


 不思議と嫌な夢は見なかった。



 ◇◆◇



 こうして、私は夜になると黒猫と一緒に寝ることになった。


 ラセルは忙しい人だから、昼間はいつも船であちこちと動き回り、私は立派なニートとして、部屋でぐだぐだしたり、レイナが用意してくれた本を読んだりして過ごした。


 ラセルは夜になると必ず私のベッドに猫としてやってきて、寝る前にいろいろな話をしてくれた。


 この世界は32カ国の国で形成され、王族、貴族、平民がいること。


 ラセルの国であるキャッツランド王国は、5つの島から形成される南国の島国で、ナルメキアに匹敵するほどの豊かさと軍事力を保持しているということ。


 ナルメキアのような貧富の差はなく、貴族でも家庭菜園で自給自足をしていて、平民もまた豊かな生活を送っているということ。


 王族、貴族の大抵は魔術が使え、魔術はあらゆるものに宿る精霊の加護を受けて発動されること。


 相性がいい属性は大抵、1つか2つだが、上級魔術師なら3つ以上使えるということ。

(俺は4つ以上全部使えるぜ、といういつもの自慢付きで)


 万能に見える魔力だが、人に対して攻撃魔法を使用することは、国際法で禁じられていること。(これは万国共通)


 そのため、魔術師は技術の上下問わず、対人には攻撃魔法は使用しないことを誓約させられている。そのため世界で大きな戦争は起きていない。


 魔を払う聖魔法は特に重宝がられているが、使える人はごく少数で、聖魔法数値が高い魔術師は、聖女として崇められる存在であること。


 1年は24月だけど、1月は15日で回っていること。

 ラセルの誕生日は9月15日で、1月先であること(誕プレ期待されてる?お金ないわよ)


 私のいた世界は1年が12月で、1月が30日前後だから、やはりラセルは私と同級生という計算になる。


 ラセルはキャッツランドの王子様だけど、将来的には王子ではなく、騎士か魔術師として独立したい考えがあるみたい。確かに王子ってキャラじゃなさそうだしね。


 そして……聖女召喚について。ラセルが知っていることは、雨季の時期に30日雨が降らずに迎えた新月の夜に限る、ということ。召喚手法はナルメキアの国家秘密らしく、ラセルは知らないということ。


 そして、月がまるくなるのは、元いた世界よりも速度が速い。


 新月から7日で月は満ちる。


 満月の夜は間近に迫っていた。

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