黒猫の癒し
夢をみていた。
暗い空から大きな月が落ちてくる。目の前まで迫って、このままでは月に押し潰される。恐ろしくて怖くて、でも私はその月から目を離せずにいた。
月から放たれる無数の眩い光が全身を照らす。周りには蛍のような不思議な小さな生き物が集まりだした。
生き物にはよく見ると顔がある。小人……それとも妖精……?
◇◆◇
「大丈夫ですか? カナ様」
肩を揺すられて、意識が浮上してきた。目の前にはレイナの姿。
部屋のカーテンごしから伝わる明るさは太陽のもの。夜が明けたんだ。
「昨夜はお倒れになったとお聞きしましたが」
「あー……うん。ラセルはなにか言っていた?」
「食事は消化によいものをご用意するように仰っておりましたよ」
「そ、その他には……?」
甲板から運んでくれたのはラセルなのかな。だとしたら、王子様相手にえらい失態だ。出会いからさかのぼると失態とかいまさらなんだけど……。
またお礼言わなきゃいけなくなってしまった。あの、キラキラしたビジュアルの人にお礼を言うのはものすごく気合いがいるんだよね。
するとレイナはベッドに視線を向けてクスッと笑った。
「というより、直接ご本人にお聞きになればいいのでは?」
「だって、この船で一番偉い人でしょ? 忙しいんじゃないの?」
「そんなことないですよ。そこにいらっしゃいますから」
は?
視線をベッドに移すと、ベッドから黒い尻尾がはみ出しているのが見えた。
………。
………………。
「ちょっとぉぉぉぉぉぉ!! あんたなにやってんのよぉぉぉぉ!!!」
「ふぎゃ…ッ!」
勢いよくシーツを捲り、寝ている黒猫を抱きあげて揺さぶると、黒猫が本物の猫がするようにビクッと目を覚ました。
「なに勝手に人のベッドで寝てんのよ!!」
「今日は一緒に寝ようぜって言う前に、お前が勝手に寝たんだろうが」
「寝たんじゃなくて倒れたの! あんた見たでしょ!? ていうかなんであんたと一緒に寝なきゃいけないの! 普通、女性のベッドに無断で入らないよね!? あり得ないんですけど!!」
「猫とはそういうもんだろ?」
「あんた正体は猫じゃなくて人間の男でしょうが!」
猫をベッドに放り投げると、器用にも華麗に着地する。そのまま、本物の猫がするように、後ろ足で首を掻きだした。
「ったく、朝からうるせぇなぁ」
うるさくもなるわ!
「あんたのしたことって、私の元いた世界ではれっきとした犯罪ですからね!」
「猫が人間のベッドに入っただけで犯罪になるとは、恐ろしい世界だな」
「猫はいいのよ、猫は! 人間の男が女性のベッドに無断でッ」
「だから、今の俺は人間の19歳の男ではなく、猫なんだよ。何回言わせればわかるんだよ」
19歳なんだ。年下じゃないの。別に年下でもいいんだけどさ。
「ちなみに、もうすぐ20歳になる」
あ、なーんだ。誕生日が私の方が早いだけで同級生じゃない。
「……って、どうでもいいわそんな情報! いらないわよ!」
誕生日アピールをスルーすると、猫を乱暴に抱き上げて、部屋の外にポイッと放り出した。
「殿下……かわいそう」
レイナがぼそりとつぶやいた言葉が聞きづてならない。なんであいつがかわいそうなの!
「まぁ、元気になられたようですし、お着替えをして、お食事にしましょう! 今日はとってもいいお天気ですよ!」
◇◆◇
王子様が乗る船とはいえ、少数精鋭で回しているらしく、レイナはメイドとしてのお仕事だけでなく、料理、洗濯、掃除まで全般的にこなす。
私も手伝う! って言ったけど、作業のほどんどは魔法を使うので、私はお役に立たないらしい。
この世界の魔法は、主に火、水、風、土の四大要素に分けられ、人それぞれ相性のいい属性が異なる。
船では、複数属性を合わせて作業をする。今日は洗濯をしている風景を見学させてもらおうと思ったけど。
水と相性のいい騎士団長のビスが巨大な樽の中に水を埋め、風と相性のいいレイナが水の中をぐるぐると回す。
水が飛び散らないように、二人の周りに結界を張る。
二人だけの密室が完成し、レイナが頬を染めて嬉しそう。
ビスはポーカーフェイスを装っているが、時折跳ねる水からレイナを守るような仕草をする。時折優しく微笑む。甘い空気が漂っている。
「私、部屋に戻ってるね」
聞こえていないであろうレイナに声をかけて、私は雑用室を後にする。
甲板に出ると、ラセルやキース、騎士団の人たちが甲板で剣術の稽古をしている。
空を見上げると、青空に白い月が浮かんでいる。
昨夜見た時よりは少し太ってきた大きな三日月。
夜ほどじゃないけれど、吸い寄せられ、身体になにかが吸いついてくるような感じがする。
だんだんとまた熱が上がってきた気がする。こないだから一体なんなんだろう…。
月を眺めていたら、談笑しながら、ラセルとキースが近づいてくるのに気付く。
そういや今朝のこと。私はまだ許していないんだからね!
キッと睨むと、キースが「おぉ、こわいこわい」と大げさに怯えて見せた。
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