三日月の夜

 キースから、この船のシステムを教えてもらう。


 船は水と風の力を持つ魔道具が船底の中心部に埋め込まれ、それを航海室の魔道具と連動させ、海上を移動させるらしい。


 キャッツランドの船にはどれも一級品の魔道具が使用され、船の品質も上々。だから沈む心配なし、と太鼓判を押されているけど、波にゆられ緩やかに揺れる感じがどうにも落ち着かない。


 レイナから酔い止めのポーションをもらって飲んだけど、朝から引きずる悪寒が耐えられなくて、早々に休ませてもらうことにした。


 私に用意されたお部屋は、船の中でも三番目に大きなお部屋で、ベッドルームのほか、専用のシャワー室まで完備されている。


 私はレイナと同じ部屋で良かったのに、レイナは殿下の指示ですから、と言って、強引に私を豪華なお部屋に押し込んでしまった。


 ちなみに、船に乗っているのは、ラセル、キースのほか、第七騎士団の団員と、船の航海士合わせて40人ほど。レイナを除いて全員男性。


 やっぱりレイナと同じ部屋がよかった。一人だとなんだか心細い。


 ふかふかのベッドで寝転がると、とたんに睡魔に襲われた。ポーション効果によって気持ち悪さはなかったけれど、熱っぽさが取れない。


 意識が落ちる前に頭に浮かんだのが、人買いに売られていく女性達、そして、ラセルのこと少しだけ信じてやって、というキースの言葉。


 そういや、保護してくれたのに、ちゃんとお礼言ってなかった。



 ◇◆◇



 コンコン、軽くドアをノックする音が聞こえ、私の意識が少しずつ覚醒していく。レイナかな、と思って軽く目を擦り、「ふわぁい?」と返事を返した。


「俺だけど、開けていいか?」


 聞こえてきたのは、イケメンナルシスト王子様の声。予想していた相手じゃなかったので、一瞬ビクッとしてしまう。


 今、私が着用しているのはいわゆるネグリジェってやつでして。レイナからはこの姿で船をうろつかないようにって言われてる。部屋に入れるのも当然NGでしょ。


「あの、私、服が……」


「服がどうした?」


「えーと、、人前に出られる服ではなくて」


 ドアの向こうで、「あぁ、なるほど」と声が聞こえた。


「別に俺は構わないけど。メシ持ってきたからそこ開けて」


 あんたが構わなくてもこっちが構うのよって思ったけど、食事を持ってきた人、しかもこの船で一番偉い王子様をドアの前で待たせるわけにもいかず、仕方なくドアを開けることにした。


 しかし、なぜ王子様が食事持ってくるんだろう。


 開けると猫ではないラセルが、パンの乗ったスープを手に入ってくる。朝のゴテゴテ王子様ファッションではなく、船の航海士と見分けがつかないような、ラフで動きやすい服をご着用だ。


 ただ、どんな服を着ていても、王子様の美貌は損なっていない。近寄りがたい気品すら感じる。口さえ開かなければ、という限定つきだけど。


 スープをベッド脇のテーブルに置き、私に椅子に座るように促した。ラセルは向かいの椅子に座る。


 出て行ってはくれないわけね。


「体調どう?」


「うーん……少し熱っぽいって感じです」


 昨日は非日常の興奮状態だったから、このレベルの美形を相手にしても緊張というのはなかったけれど、今は違う。


 やっぱり男は苦手だ。しかもイケメンとか喪女の敵でしかない。


 あまり咀嚼音とか立てないようにしないと。海風や波の音がかき消してくれますように、と願いながら、なるべくお行儀よくスープを飲んだ。


 あまり食欲はなかったけど、美味しい。なんと贅沢にも濃厚なウニのようなとろりとした味わいのスープ。パンはふかふかだし。さすがは王子様のシェフが作ったものだ。


「悪いな。体調悪いなか、無理やり船に乗せて」


「気にしないでください、大丈夫ですから」


 あ、こういうときの言い回しは「お気になさらないでください、殿下」とか言わなきゃいけないんだっけ? 庶民には王子様の相手はムリだ!


 あ、そういえばお礼! ちゃんと言わないと!


 私はラセルのキラキラしたご尊顔を負けないぞ、と思いながら睨み付けた。


「あの、色々と助けてくれて、ありがとうございました!」


 気合いを入れて勢いよく頭を下げた。頭をあげると、ラセルがぽかーんとした顔をしている。


「そんな殺気走った顔でお礼言われてもなぁ……」


 ぽかーんの次にくすくすと笑いだした。


 笑うのはやめてほしい。クール系イケメンの笑った顔の破壊力。喪女を無駄にドキドキさせないでほしい。


「目つきが悪いのは生まれつきです!」


「そうか? お前が苦労して身につけてきた処世術の一つだろ。よくわかんないけど、深窓の令嬢にはない、味と気合いがあっていいよ」


 深窓の令嬢とは程遠いってわけね。


 そういや忘れてたけど、私の身分はなんとかっていう長ったらしい家名(キースの家)の御令嬢ってことになっているようだけど、どうしてなのかな。


「キースの家って公爵家なんでしょう?どうして私がその家の御令嬢ってことになっているんですか?」


「戸籍がないと不便だからだ。それがないと、この国から出国だってできねぇよ。あと、朝も言ったけど、敬語使わなくていいからな。殿下とか、様とか付けるのもいらねぇからな」


 そう言われても、ねぇ……。私なんて単なるニートだし。


「公爵家の戸籍に入れたのは、聖女は狙われることが予測できるからな。ある程度家名がある家の御令嬢となれば、外国でもそう手出しはできない。俺が即興で身分をねつ造できて、一番家格が高いのがヒルリモール公爵家だ。キースの親父には悪いが、お前は親父さんが若いころにナルメキアの女に産ませた、キースの生き別れの妹って設定にしてある」


「そんな設定通るの?」


「強引に通すしかないだろ。本国にしてもこの第七王子の権限でなんとかなる」


 第七王子ってどんだけ偉いのか正直微妙(失礼)…かと思ったけど、御令嬢捏造するくらいの権限はあるらしい。


「まぁ、気にしなくていい。御令嬢の礼儀作法なんて即興でなんとかなる。本国に帰ってからキースの母親に教わればいい」


「え、私って隠し子って設定じゃない。お母様嫌がるでしょ」


「心配するな。俺が事情説明するから」


 ガタン、と船が大きく揺れた。


「お、出発するみたいだな。よかった。無事ナルメキアを出れれば一安心だ。勘付かれなくてよかった」


「勘付かれるって…なにを?」


「俺が聖女を攫ったことだ」


 まだそんなこと言ってる。よほど、自分のカナ聖女説に自信があるんだね。


 でも、ラセルが言ってた、魔力の迸り。あの手から生まれた眩い光。ラセルに話してみる? でも、気のせいかもしれないし。


「外に出てみないか?」


「でも、私こんな格好だし…」


「じゃあこれでも着てろよ」


 そう言うと、ラセルは自分のジャケットを私の肩にかけた。


 な、なんなのこれ。聖女さまだからエスコートしてるわけ? 終始微笑みを絶やさないし、なんか今日は紳士的だし。


 いやいや、イケメンは喪女の敵!の暗示を強くかけないと。少しは信じろと言われたけど、それとこれとは話が別よ。


「イケメンハモジョノテキ、イケメンハモジョノテキ…」


「なんだそれ?」


「呪文よ! 私のメンタルの安定を図るための呪文。前の世界でもやってたの!」



 甲板に出るとふわぁ……と強い海風が吹いて気持ちがいい。風にたなびくラセルの綺麗な黒髪が月明かりに照らされて……。


 え?……つ、月!? 思わず二度見しちゃうよ。


 海の上に大きな薄い三日月が浮かんでいる。その大きさときたら、前の世界の月の50倍くらい?

 

 で……でかすぎる!!


「なんであんなに月がでかいの!?」


 これまで見た月と全然違う!これまで見た月がみかんなら、この月はすいかだよ!


「そうか? いつもあのくらいの大きさだろ」


「あんなもんじゃないよ! 私の世界じゃもっともっと小さいの!」


 薄い三日月なのに眩さが比較にならない。光が零れ落ちるように海に流れて。


「え……」


 光がまるで生きているみたいに、海を渡って船の上の私の手に集まってくる。手から急激に熱が上がって気持ちが悪……。


「カナ!?」


 私はラセルにもたれかかるように意識を失った。

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