港へ向かう道
馬車の用意ができたとレイナから告げられ、導かれるまま入り口に到着した馬車に乗り込もうとすると、一人のイケメンこちらに跪いている。
「カナ様、警護を担当いたします第七騎士団団長のビスター・サーディンです。ビスとお呼びください」
きりっとした眉毛に赤毛の短髪。ここの人たちは基本、イケメンが揃ってる。
「よろしくおねがいします」
私も頭を下げておく。カナ様、とかどうも落ち着かない。どうせ私は聖女じゃないし、黒猫を猫ジャラシで遊ばせるニートに過ぎないのに。
バイト帰りに召喚され、城を追い出され、猫と出会い……目まぐるし過ぎてなんだか体調が悪い。
「カナ様、顔色が少し優れませんね」
「それはいつものことだから……」
目つきと肌色が悪いのはいつものこと。でもそれだけではなく、悪寒のようなものが走る。優しいレイナが膝掛けをかけてくれて、とりあえずは凌ぐことにした。
窓から外を眺めると、貴族の屋敷が続く街並みから、庶民たちのフィールドへ入っていくのがわかる。
昨日、ラセル、キースと会ったあたりに差しかかる。賑やかな大通りから一歩外れると、随分と荒れた街並みに入るのがわかる。
「港へ向かうのは、今のところこの道一本なんです。でも治安が悪くて、この国の貴族や、わたしたちみたいな外国の馬車はよく狙われるんですよ」
警備も他の国へ向かう時よりは厳重にしているとのこと。
「でもビス様は、殿下とタメを張るくらい、剣の腕が立つんですよ、フフフ。だから安心しててくださいね」
レイナが輝くような視線で騎士団長の姿を追う。
「レイナはさっきのビスって人が…」
「いえいえそんな。単なる憧れみたいなものですって」
日本にいた時は、バイトで忙し過ぎて、女子のお友達なんてほとんどいなかった。当たり障りのないことを話すクラスメートは高校の時はいたけれど、大学に入ってからはそれすらいなかった。
これがコイバナってやつか。
喪女をこじらせた男嫌いの私にはご縁がないものかと思っていたけれど。
日本にいたときのことを考えていたら、窓の外で騎乗で警備してくれている人たちに緊張が走るのが見えた。
馬が嘶き、馬車が急停止した。
「カナ様、下がっていてください」
レイナが護身用の短刀を片手に持ち、私を馬車の奥へと追いやる。剣戟が激しくぶつかる音や、馬の嘶きで心臓がバクバクしてきた。
私もなんか護身術覚えたい……。
警護の人の隙を掻い潜って、賊が馬車のドアを乱暴にこじ開けてくる。
レイナが短刀で応戦するも、賊に腕を押さえられ、万事休す。
賊はギラギラとした汚らわしい目線で、可愛いレイナを引っ張り出そうとする。とっさに手が出た。
「汚い手でレイナに触らないで!」
私の身体の中から、何かがふわっと湧き上がる さわるな、こいつをしりぞけたい、あっちへいけ……っ!
バチンッ……!
私の手と賊の腕の間で眩い光が弾ける。
「うげ! な、なんだ?」
ギョッとして賊が手を離し、道路に投げ出される。そこにビスがやってきて、賊を縛り上げた。
「これで全員捉えましたね。お怪我はないですか?」
ビスがキリッとした顔でこちらに聞いてきた。
「はい、大丈夫です。ビス様……」
そこに走ってやってきたキースが息を切らして馬車に乗り込んできた。
「なんだなんだ、俺がいない間に賊にあったのか」
「あー……はい、騎士団の方たちが片付けてくださいましたよ。キース様、何やってたんですか?」
ジロ、とレイナはキースを睨んだ。
「ちょっとラセルと話を……」
「どうせロクな話じゃないですよね? 殿下とキース様はいつもそう」
図星なのか、「てへ」みたいな顔をして、キースはごまかしている。
「それよりさっき、レイナは攻撃魔法とか使ってないよな?」
「使ってませんよ。ちゃーんと短剣で応戦しました!」
手に持つ短剣を、じゃじゃーん、という感じで見せびらかす。短剣もキャッツランドの猫と月の紋章入りだ。
「なんか妙な魔力発動の残滓を感じるんだよなぁ」
「気のせいじゃないですか?」
「ダメだぞ、いくら正当防衛でも人間に攻撃魔法使うのは」
「してませんってば。キース様しつこいです」
さっきのバチンッていう光、魔法だったのかな。手に残る、温かい感触。静電気のような不快なものじゃない。その瞬間、また悪寒が走った。
そういえば、ラセルが「魔力の迸り」とか言っていたけど、これが魔力なのかな。
港に着き、私たちは馬車を降りる。周りの船と見比べてもひときわ大きな船が、私たちを出迎えてくれる。
立派な猫と月の旗をかかげるのがキャッツランド王国の船だった。
「さ、行くぞ」
キースが私を促し、船に向かうと、遠くにいる不穏な船が目に入った。
怯えた女性たちが船に乗せられている。体格のいい男達が、女性が逃げないように圧をかけているようにも見える。
「あ……っ」
キースは私の腕を引いた。
「やめとけ。これは、ナルメキアの問題だ。あんなに堂々と人買いが横行してるなんて。きっと役人に金が回ってる。俺達がどうにかできる問題じゃない」
キースはいつになく、真剣な表情だった。
「カナはラッキーだったんだよ。あの時、ラセルがいなかったらあの中の一人だ。あいつ、偉そうだし承認欲求の塊でうざいけど、少しだけ信じてやってよ」
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