黒猫の情報収集  ラセルside

 王宮は王太子の近衛騎士団が大勢で警備に当たり、厳戒態勢だった。


 これはラセルのような外交特使では入れそうにない。


 ――せめて、アイゼル殿下にでも会えればいいんだけど。


 アイゼルは、ナルメキア王国の第四王子。唯一ラセルと好意的に会ってくれる人物だ。ラセルは王太子とは面識があり、王太子の紹介で第四王子と知り合った。


 ちなみに、第二、第三王子とはまったく面識がない。評判から、付き合っても得があるようには感じなかったからだ。


 ふらふらと王宮周りをうろついていたら、目的のアイゼルともう一人、背の高い男が話している。


「あ? うるさいな。お前何様だよ?」


 背の高い男がアイゼルの胸倉を掴んでいる。王子の胸倉掴むとは、それなりの地位にいる人物のようだ。第二王子か第三王子に違いない。


「酒くさいって言ってるだけじゃないですか」


 アイゼルも負けじと言い返しているが、暴力的なにおいのする狼藉王子に怯え気味だ。


 ラセルはゆっくりと近づいた。


「うっるせぇな。お前からは貧民臭さが漂ってるんだよ」


 アイゼルの母君は確か、王宮に使えるメイドで平民出身ということだった。


「アイゼル殿下からそんな匂い漂ってませんけどー」


 後ろからそう声をかけてみた。


「あ? なんだよお前」


 案の定、目が座った様子でラセルの方を振り向いてきた。王子の割に言葉遣いがなっていない。それはラセルも人のことは言えないのだが。


「なんか酒くさいっすね。まだ昼間ですよ? アイゼル殿下をお前呼ばわりとか、まさか貴方、ナルメキアの王子殿下じゃないですよね?」


 狼藉王子の標的が、アイゼルからラセルへ移った。しめしめとほくそ笑む。


「てめぇ、誰だよ?」


 今度はラセルの胸倉を掴んでくる。その様子にアイゼルが慌てた。


「兄上! ダメですって。その人は……っ」


「小生意気なクソガキだな!」


――さて、たくさんギャラリーもいることだし、そのまま殴ってくれ。


 案の定、何の躊躇もない右ストレートが頬にめり込んでくる。


「兄上! ちょっとなんてことすんですか!? その人はキャッツランドのラセル殿下ですって!」


 アイゼルが激しく動揺している。


 王宮周りはそれなりに人もいるので、狼藉王子の暴行はかなりの人間に目撃されたはずだ。


 あえてラセルは挑発的に笑い、周りに聞かれないように小声で挑発する。


「今ので終わり? ぜんっぜん効かなかった。虫に刺されたのかと思った」


 あえてもう2、3発をわざといただいておいた。


 逆に拳が痛くなったのか、狼藉王子はフンッとわざとらしく鼻で笑い去っていく。


 周りの貴族達は「なにあれー」「引くわー」「あの殴られた人かわいそー」という表情で狼藉王子を遠巻きに見ている。


 周りが自分を王子と認知している中で、ほぼ無抵抗な相手を4発も拳で殴る――周りを引かせるには十分すぎる野蛮な振る舞いだ。


 この手の悪評はじわじわとボディーブローのように効いてくる。


「ラセル殿下! わざと4発殴られたんでしょう。まったく……」


 アイゼル殿下は柔らかいブロンドの髪をした理知的な青年で、ラセルより2歳ほど年下だ。


「俺、ああいうヤツ大っ嫌いだからさ。で、アレは殿下の兄君ですか?」


「恥ずかしながらそうなんです。第二王子のルーカスです」


 アイゼル殿下はしょんぼりと項垂れた。第二王子のルーカス、頭の中で軽くメモをする。4発殴られたのだから、後で公邸から抗議を入れてもらおう。


「王太子殿下はお元気ですか? なんか直近で国家機密的ながあったとか?」


 さすがに第七王子では、ナルメキアの王太子殿下と気軽には会えない。こうして外堀の序列の低い王子か、伯爵クラスの大貴族から情報を得ていくしかない。


「外国の方はみんなそれ聞きますね……。でも僕からは何も言えませんからね」


「どんな方でした?」


「なにがですか?」


「聖女様」


 ラセルは既にもえもえを知っているのだが、アイゼル殿下の反応を見てみる。表情はやや疲れきっていて、全くもえもえに興味は示していない。もしかすると会っていないのかもしれない。


――王太子単独で行った行事なのか。さっきの第二王子も昼間っから酒飲んで呑気なもんだしな。


「僕は聖女様なんて知りませんよ。話はそれだけですか?」


 急にツンツンし出したので、ラセルはしょうがないと猫になってやった。


「……ラセル殿下ってば。猫になったって僕は何も言いませんからね。聖女は王太子殿下の取り巻きしか見てないなんて言いませんからね」


 アイゼルにしばしもふらせてあげてから、彼を解放してあげた。


「アイゼル殿下、気持ちであのクソ兄貴に負けるなよ。俺はなんもできないけど、遠くから応援してますからね」


 そう声をかけて別れた。



 ◇◆◇



 ラセルは歩いて神殿を見てみようかと思った。


 元々、夜中に神殿に忍び込むつもりだったのだ。もちろん、猫で。


 カナが聖女だっていうのは間違いない…多分。しかし、もえもえはどうなんだろう。


 神殿付近に近付くと、大勢の近衛兵がピリピリとした雰囲気で辺りを伺ってる。


 こちらを見るとすごい勢いで迫ってきそうだったので踵を返す。


 やはり人間じゃ目立つか……そう思った時、背後から一流の騎士だけが持つ、緊張した気配を感じた。


「お久しぶりですね、ラセル殿下」


 振り返ると、近衛の制服を着用した、赤みが入ったオレンジ色の髪を肩まで伸ばした、背の高い男がそこに立っていた。


「フランツ・ホールデンか」


 彼は魔術アカデミーに留学していた当時の同期だ。ナルメキアの下級貴族の出身と聞いたが、話したのは数えるくらいで、そこまで親しい関係ではなかったので詳細は不明。


 魔術師志望だったが、魔術よりも剣のほうが得意な男だった。


 剣の腕前は同年代ではトップで、ラセルはフランツにトータルの戦績では一歩及ばなかった。それほどの凄腕。ということ。


「殿下、頬が腫れてますけど、そんな王子装束でまた喧嘩ですか?」


 ラセルと言えば喧嘩っ早いと学生時代から有名になってしまった。特に理由なく喧嘩をしているわけではないのだが。本人はいたって紳士のつもりでいる。


「おたくの第二王子のルーカス殿下が酒に酔って殴ってきたんだ。周りにも人いたのになかなか大胆な王子だな」


 フランツは苦い顔で溜息を吐いた。


「うちの王子がすみませんね。でもどうせ貴方が挑発したんでしょう? 相変わらずですね」


 そう言って冷たい目で見てくる。事実ではあるのだが。


「神殿は今は部外者立ち入り禁止ですからね。ここで喧嘩騒ぎとかやめてくださいね」


 そう警告してフランツは去っていく。


 そろそろ船を出発させないといけないので、ラセルは治癒魔法で元のイケメン顔に戻してから馬車に戻った。

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