聖女じゃなかったら俺は ラセルside
キャッツランド王国第七王子であるラセル・ブレイヴ・キャッツランドは、今日中に港から船を出すよう指示をして、挨拶周りへ向かうことにする。
ナルメキアの上層部に気付かれないうちに聖女を連れ出すためだ。地下牢に入れられた真の聖女がいないことに気付くのは時間の問題。
しかしその前に会っておきたい人物と、行ってみたいところがある。
パリッとした王子装束に身を固め、自慢の黒髪のキューティクルも完璧に整え、華麗に馬車に乗り込む。なぜかラセルの腹心であるキースも共に乗り込んできた。
「お前まで来なくていいよ」
シッシッと追い払っても、強引に乗り込んでくる。
「ちょっとラセルと話がしたいんだよね」
「俺は話したくない。さっきは笑ってばかりで全然援護してくれないし」
キースは幼少期より見知った仲で、いわゆる幼馴染みというものだ。
幼いころは「殿下」と呼ばれることに強い拒否感を示していたため、その頃からの付き合いであるキースはラセルを名前で呼んでくれる。
臣下というよりは、友人という関係なのだ。
「だって、今思い出してもおかしくって……黒猫で真面目にしゃべってる姿、毎回ツボるんだもん」
「おかしくねぇよ、うるせぇな」
「もう一回、もえもえって言ってみて」
「もえもえ。これでいいか? 早く降りろよ」
キースは転げまわって笑いだす。だからキースの前で猫になるのは嫌なのだ。
「お前にはカナの警備も兼ねて、レイナの馬車に乗ってほしいんだけど」
「わかってるよ……あーおもろ」
馬車が走りだす。王宮付近で偶然を装って、序列の低い王子か、伯爵クラスの貴族と接触するのが目的だ。
「けどさ、カナが聖女っていうのは全部お前の直感的なものだろう? 本当に聖女か?」
「猫の直感舐めんな。絶対あいつが聖女だ」
「いつもそうやって猫の直感を持ち出せば黙ると思って。それに仮に、聖女だったとする。まさかキャッツランドに連れて帰るのか? そんなことしたら……」
「その話はいい。もし、親父や宰相がカナの意志を無視するなら、俺が責任もって逃がしてやる」
ラセルは父と宰相に信用を置いていない。父はチャラチャラして意味不明な若づくりをしているし、宰相はラセルを見ると嫌味と叱責の応酬で話にならない。
「それに、キャッツランドの聖女にする、以外にも選択肢はあるんだ」
「へぇ……他国に渡すのか?」
キースは探るようにラセルの顔を覗き込む。
「それは、カナ次第でもあるし、その他国の人間次第でもある。アテがないわけじゃない」
「ふぅ~ん……なんとなくそのアテも想像つくけど。カグヤのルナキシア殿下でしょ? けどお前はそれでいいの?」
キースはラセルの心の奥にある感情まで見抜いている。
カナを他国に渡すことの意味、それをわかっていて聞いているのだ。
「じゃあ質問を変えて、聖女じゃなかったら、どうするつもりよ?」
「さっき、カナにも言っただろ。ニートでも」
「そうじゃないだろ?」
もし、聖女ではなかったら……それも考えていた。聖女ではないカナはただの身寄りのない一人の女性に過ぎない。
身分のない女性を公爵家の養女として迎えることも前例としては多々ある。それ相応の身分の人物の配偶者にするためだ。
「そしたら……俺の……嫁に……」
ぷぷぷ……ッとこらえきれずにキースが吹き出す。
「それが聞きたかったんだよ。だってこれまでのお前って女の子ってだけで避けちゃうし、苦手意識丸出しだったのにさ」
「うるせぇよ!」
「やっと恋が実るのかぁ」
「うるせぇな! 別に実らなくて結構だよ! カナは聖女だ! 王位継承権もない第七王子じゃ釣り合わないんだよ!」
「別に第七王子だっていいじゃんか……カナがそれでいいならさ」
「いいわけないだろ。聖女なんて王太子クラスじゃないと釣り合わないじゃねーか。どうせ俺は身分が低いんだよ! いらない子なんだよ! ほっといてくれ! ほら、降りる時間だぞ!」
ラセルとキースの会話が筒抜けだったおかげで、御者は速やかに馬車を停止してくれる。
ラセルはキースを足で蹴っ飛ばして強引に降ろした。
「言っておくけど、カナに少しでも怪我を負わせたらタダじゃ済まさないからな。心して守れよ。命令だ」
ははぁ~と道の端でわざとらしく騎士の礼をとるキースを残して馬車を走らせた。
ナルメキアの首都・メリアは、中心部から離れると途端に治安が悪くなる。貧富の差が激しく、いつ暴動が起きてもおかしくはない。
カナには、キャッツランドでもトップクラスの騎士団を護衛として付けているけど、心配は尽きない。本当は自分が付きっきりで守りたい。
ラセルは愛剣を握りしめて目を閉じる。急に静かになった車内で、ふぅ…と溜息を吐いた。
別に、見た目で惚れたんじゃない。あの雨の中、カナが嗚咽をもらして泣いていた。
その時、ラセルの特殊能力である共鳴が起きた。カナの記憶がラセルの中に流れ込んできたのだ。
カナのいた世界は、この世界とは随分と異なる。だが、居場所のなさや孤独は、自分の半生とどこか似ていた。
全く違う世界に一人きりで放り出されて、どんなに心細かったことか。自分が守りたい、傍にいたい、そう思ったときにはもう恋に堕ちていた気がする。
もし、聖女だったら、国王でも敬意を表す聖女に対して、自分では釣り合わない。
叶わない恋になるだろう。
その場合、女王の盾となる騎士のように、私心なくカナを守り続けたい。
でも、もし……もしも……聖女じゃなかったら…。
その時は……。
「殿下、馬車つきましたけど、降りないんですか?」
その時は――。
「殿下! 降りてくださいよ! 殿下……!」
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