黒猫の王子様②

「根拠はまだある。昨夜一夜を共に過ごした時…」


「ちょっと待った! 「一夜を共に」とか誤解を与えるような表現やめてよ!」


 イケボでそんなん言われたら卑猥だわ。私はただ、にゃんこを抱っこして寝ただけなのに。


 そういえば、朝まで同じベッドで寝てたんだっけ。正体が人間の男だとわかっていたら、そんなことにはならなかっただろうに。


「ったく、話の腰を折るなよ。その時に、お前の身体の中心から、これまで感じたこともない魔力がほとばしるのを感じたんだ」


 魔力が迸る? 自分ではなにも感じなかった。


 それにしてもこの猫、身体の中心とか探ってたわけ!? スケベな猫だな!


「お前はまだ目覚めてないだけだ。絶対お前は聖女……聖女じゃないにしても、恐らく千年に一人というレベルの魔術師じゃないかな」


 それって漫画の異世界チート主人公じゃない。もえもえじゃなくて私が……?


 それにしても、なんでわざわざ聖女なんてものを呼んだのかな。そしてなぜこの猫は、ナルメキア人でもない、その場にいたわけでもないのに聖女召喚のことを知っているのかな。


 記憶を見たにしても、この猫はなぜそこまで詳しいんだろう。


「あなたはなぜ、聖女召喚のことを知ってるの? ナルメキアの人は国家機密とか言ってた。そもそも聖女ってなんなの?」


 ラセルはよくぞ聞いてくれた、とばかりに深く頷く。


「聖女は魔を払い、浄化する。また国に豊穣を与える。聖女がいる国は豊かになる。また、治癒能力にも優れている。上級魔術師の中には治癒も使えるヤツもいることはいるが、数は少ない。ちなみに俺は数少ないなかの一人だ」


 この人(猫)、常に「俺はすげぇんだよ」という意味あいの言葉をぶっこんでくる。承認欲求が強いんだろうなぁ。


「かつて世界は魔族と人間で境目を決めた。その境目で協力な結界が引かれた。それが二千年前のこと。それから千年ほどが経ち、結界が綻んできた。魔族領から流れてきた瘴気の影響で、森や海に住む生き物、中には人間まで、魔物に取りつかれるようになった。その時にナルメキアが聖女を召喚した。魔を払い、国は豊かになった」


「それはよかったじゃないの」


「ナルメキアは魔術大国で、異世界から聖女を召喚できるのもナルメキアだけだ。けど、ナルメキアが聖女を呼ぶと、世界が乱れるんだよ」


「なんで?」


「ナルメキアが豊かになるんだ。聖女召喚して、聖女の力を利用して、世界征服をたくらんでるに違いないって大方の国はそう見てるんだ。俺はそういうの嫌いなんだよね。あ、なんで知ってるかって、近隣の主だった国の幹部は聖女召還勘づいてたんだよ。俺もその一人ってわけ」


 ぷんぷんと尻尾を振るこの猫は、意外と正義感が強い性格らしい。


 猫の王子様は、いかにナルメキアがケチで、世界征服をたくらむ嫌な国であることを演説している。


「ナルメキアなんかにいてもいいことないだろ? お前を誘拐したくせに、城から追い出したヤツらじゃん。仕事のアテもなさそうだし、ここは治安も悪いし。俺らと一緒に来いよ。猫好きだろ?」


 なんと、私を保護したついでにどこかに連れてってくれるみたいだ。確かにここにいても危険なだけで、何もできないけどさ。


「俺の身体はお前の好きにしていいからさ」


 それっていつでももふもふしていいよって意味だよね?


 なんといういやらしい言い方よ。捉えようによってはR18だ。もっといい言い回しってないわけ?


「別にあなたの身体はいりませんけど、確かに私、行くアテはないね」


 これもなにかの縁だし、この猫のお世話になるしかないのかも。


「でも、もし仮に偉大な猫の天才魔術師であるあなたの言うとおり聖女だったとして、私は何をやればいいわけ? あなたの国で豊穣のお祈りでもすればいいの?」


「それは、おいおい考えようぜ。とりあえず俺のバイトの手伝いしてくれればいいや」


 なんなのこの猫は。王子様で猫なのにバイトなんかしてるの?


「俺はキャッツランド王国の外交特使を務めている。そのツテでいろいろと人脈があるんだよ。そいつらが俺にいろいろと頼みごとをしてくるの。俺って騎士としても超一流で魔術師としても超一流だからいろいろと頼まれごとがなー」


 また出た。俺は超一流発言。猫が喋り始めてから何回、天才、上級、一流という言葉の数々を聞かされただろう。


 要はバイトって便利屋ってことでしょ?


 王子様で猫で便利屋。なかなかない3コンボだわ。


「でも、もし私が聖女として目覚めなかったら? 私、魔法も使えないし、何もできないよ」


「ニートを一人養うくらいなんてことはない。三食昼寝付きで遊んでろ。たまに俺と猫ジャラシで遊んでくれればいいから」


 なんと甘い誘惑だろう。三食昼寝付きニート……! 仕事といったら猫じゃらしで遊ぶだけなんて!


「さてと……」


 猫はひらりと机から降りる。

 そしてぼわーん……とシルバーのキラキラしい王子様ファッションのラセル王子殿下の姿になった。


 凛とした強さと美しさをそなえるその美貌は、ファンタジーの世界にいる王子様そのもの。思わず見惚れちゃったよ。


「さて、出発するか」


「もう出発なの? どこに行くの?」


「とりあえずは隣のルーシブルだな」


 王子様は優しく微笑んだ。


 そんな目で見ないでよ。その微笑みは喪女にはきっつい毒物のようだ。


「心配するなよ。俺がお前を守るから」


「……その言葉、その姿で言わないでくれる?」


 こうして、ナルシストで承認欲求高めな少し残念なイケメン王子様(猫)と三食昼寝付きで旅をすることになってしまった。

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