黒猫の王子様①
第一応接室と書いてある部屋を開ける。
さすがに一国の公邸だけあって、豪華なテーブルに豪華な椅子が並べてあり、椅子の後ろには月と猫の紋章が入っている。たてかけてある旗にも月と猫。いわゆる国旗というやつだろう。
私はキースと向かい合う形で座る。相変わらずキースはへらへらと笑い、黒猫を頭に乗せている。
私は渾身の殺気を込めてキースを睨んだ。
「何が可笑しいのよ、この誘拐犯!」
すると黒猫がキースの頭から降り、テーブルの向かい側からすたすたと歩いてきた。
「寝てるところを無理やり連れてきて悪かったな。それと、昨日は勝手に魔術使って悪かった」
ぺこりと頭を下げる黒猫。
ん……? いま喋ったのだれ?
キースを見ると、また何が可笑しいのか笑いをこらえている。キースの声とは違ったような。
キースの声は少し甘めだけど、今喋った声はもっと低音でクールな…。そういや昨日聞いたムカつく黒髪ヤンキーに似てない?
「今、誰が喋った? とか思っただろ。俺だよ、俺」
また喋った。
ん?? どこから聞こえた?
「も、もう一回なんか言って?」
「なに喋ればいいんだ?」
確かに目の前の猫から声が聞こえた。
「も、もう無理……っ……ぷっ……ぷぷぷっ……あはははははっ」
キースが腹を抱えて笑いだした。それをキッとまた私は睨む。
「なんなのこの仕掛けは!?」
「あっ……あはははは……ぎゃはははは……っ……そ、そうなんだよ……あはは……喋る猫なんだよ……おかしい……ぎゃはははは」
おかしくないわ! 私は猫を持ち上げて激しくくすぐってみた。
「やめろ……っ! くすぐったい……っ! はなせーっ」
猫はするっと腕を抜けて着地すると、またテーブルに上った。
「今のは許すけど、キャッツランド王国憲法1条1項、刑法2条に違反したんだからな。猫をいじめるべからず。本来であれば終身刑ものだ」
なにそのふざけた法律。
呆れたように見つめる私に、猫は大まじめに話し出す。
「改めて自己紹介する。俺はキャッツランド王国第七王子、ラセル・ブレイヴ・キャッツランドだ」
「あ、はぁ……そうですか」
随分大層な名前だこと。猫のくせにミドルネームまであるのね。なんだか猫と話す気分になれず、キースに聞いた。
「この猫は昨日の黒髪の人が化けた姿なの?」
「うん、そうなんだ。猫の姿になれるスキルはキャッツランド王国の王族のみ有しているものなんだよ。そんなスキルを持った王族は、世界に数多くの国があるが、キャッツランド王国だけなんだ」
どこかキースは得意げになっているけど、猫に化けるスキルなんてほしい王族がどこにいよう……。熱狂的な猫好きなら欲しいのかもしれないけれど。
あぁ…それで、レイナはデンカって呼んでたのね。王子様だから殿下ってことか。
あのシャンプーの類も、人間の時の美しい黒髪キューティクルの維持のために必要なもので、猫が使ってるわけではなかったのか。
不思議なことに、私は落ち着いて喋る猫を受け入れた。異世界だの召喚だのと不思議なことが連発してるんだから、猫に化ける人間がいてもおかしくない。
あれ? でもなんでずっとこの姿で喋ってるんだろ。もしかして、逆で、人間が猫に化ける、じゃなくて、猫が人間に化けてるの?
「えーっと……で、殿下。あなたはどうしてその姿でずっと喋ってるの? もしかして猫が本来の姿で、昨日の人間の姿は、猫が人間に化けた姿ってこと?」
「俺は生まれた時は人間だった。魔力が発動してから猫になれるようになった。だから、人間が本来の姿ってことになるんだろうな」
くそ真面目に答えてくれる。
「この姿で喋っているのは、お前へのサービスだ。お前も失礼極まりないヤンキー風催眠術師の顔見て喋るより、猫のほうがいいだろ?」
あらま。先ほどの悪口を一言一句違えずに覚えているのね。だって本人が目の前にいると思わなかったんだもの。
「けど、攫ったというよりは、保護したと思ってほしいな。昨日危ない目にあっただろ? ここは渡航警戒区域に指定されてるんだ。女をあんな場所で寝かせておくわけにはいかない」
「ほ……保護?」
これはお礼を言わないといけない感じか。確かに昨日も危ないところを助けてもらったんだっけ。
「それとお前、ナルメキアの連中が無理やり異世界から連れてきた聖女だろ? この世界のこと何も知らないのに、昨日ガミガミ怒鳴って悪かったな。ごめん」
また黒猫は謝った。
なんだ……。意外といい子じゃないの。でも、聖女って誤解してない?
そういえば、昨日はこの子……ラセル王子に変な催眠術をかけられたんだっけ。もしかしてその記憶を読んで、私のことを聖女だって勘違いしてる?
「あの……私、聖女じゃないです。聖女はもう一人連れてこられた方で、私はその子とすれ違った瞬間についでに吸い寄せられただけ……」
するとラセルは首をゆっくりと振った。
「もう一人いたのは知ってる。もえもえってヤツだろ?見えたからな。そいつが聖女かどうかは俺にはわからない。けど、お前は間違いなく聖女だと思う」
このイケボで「もえもえ」って言うのなんかじわる。キースもなぜか「もえもえ」がツボったのか、笑いをこらえている。
「なんで私が聖女だと思ったの? 思ったんですか?」
猫だと思って喋っていたけど、王子様なんだっけ。丁寧に言いなおしてみた。
「別に敬語じゃなくていい。聖女は国王陛下でも敬意を払う存在だと聞く。タメ口でいい。殿下呼びもいらない。ラセルって呼べ」
「だから聖女じゃないんだってば。聖女はもえもえなの!」
ラセル王子……ラセルはまた首を振った。
「俺がお前を聖女だと確信したのは、俺の魔術を跳ね返した時だ。魔術を跳ね返すのは優れた魔術師であっても不可能。かからないように防御することはできる。でも、一度かかったものを、跳ね返すことはできない。そんな規格外なことをするのが魔力のない人間とは思えない。俺のような天才上級魔術師でもムリだ」
確かにあの時、頭の中に激しく弾けるような音が鳴って、正気に戻った。あの場のあの雰囲気、召喚場所にいたやつらの態度。あの冷たい目を思い出したくなくて、強引に魔術を破ってしまったんだと思う。
「でもそれだけで聖女って、安直じゃない? 単にあなたの魔術がしょぼかっただけでは……」
「俺はしょぼくない! 世界でも数えるほどしかいない上級魔術師なんだ! わかってねーのはお前だよ!」
猫がいらいらと尻尾をぶんぶん振り回している。
いらいらすると尻尾をぶんぶんするというのは、異世界でも同じなんだね。
「でも、ナルメキアのお城にいた黒いフードのやつらは、魔力量ゼロだから聖女じゃないって言ってたし」
「お前、猫の俺と、ナルメキア魔術師どっちを信じるんだよ!? まさかナルメキアの魔術師じゃねぇよな?」
いらいらが頂点に達したのか、テーブルを尻尾でバシバシと叩いている。
人間の魔術師と猫である自分を比較して、猫である自分を上位に置いている。かなり変な猫だ。
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