白い手の棲む家 3

 永手屋敷にやってきて、初めての冬が来た。

 周囲の山々はすっかり雪化粧で、村では凍えるような寒さが続いていた。

 けれども何故か、永手屋敷の周囲はほんのりと暖かく屋根の雪下ろしに苦労することもなかった。屋敷の地下に温泉でも通っているのだろうか?


「主様は、寒くないんですかね?」


 朝、主様のお膳を用意しながら美輪さんに尋ねる。ほんのり暖かいと言っても、屋敷の中にも油断をすると霜が降りる程の寒さだ。

 火鉢か何かで暖を取っている様子もないので、少し主様のことが心配になっていた。


「……主は寒さに強いお方ですから」

「でもでも、それにも限度があるのでは?」

「……無駄口を叩いていないで、お膳を運んでくださいな」


 美輪さんに言っても、なしのつぶてだった。しきたりだかなんだか知らないけれども、これだけの寒さが平気な人間などいるはずがない。


「お膳をお持ちいたしました」


 奥座敷の戸の前にお膳を置き、平伏する。いつもなら、すぐに開いた前のお膳を手に踵を返すところだけれど、その日は廊下に頭をこすりつけるような恰好のまま、部屋の前に留まってみた。

 すると。


 ――シュルシュル。


 襖の開く音が廊下に響く。途端、奥座敷の中から外のものにも負けない冷気が漂ってきた。やはり、奥座敷の中はとてつもなく寒いようだ。


「あの」


 意を決して、口を開く。ただし、頭は下げたままだ。一応の礼儀として、主様の姿を見るようなことはしない。


「お部屋の中、大変寒いのではないでしょうか? よろしければ、湯たんぽですとか、そういったものをお持ちしますけど」


 ――返事はない。ただただ、冷気の向こうに戸惑いのような気配を感じる。

 すると、ややあって。


「あっ」


 私の後頭部に、冷たい何かがそっと置かれた。

 手だ。冷え切った主様の手が、私の頭をポンポンと撫でているのだ。

 これは……了承ということだろうか。


「じゃ、じゃあ、お夕飯の時にお持ちしますね。あ、美輪さんには、どうかご内密に……」


 再び私の頭がポンポンと撫でられる。やはり了承ということらしい。

 頭上でシュルシュルと襖の閉じる音がしてから、私はようやく顔を上げる。

 空になったお膳と、奥座敷からしみ出した冷気を眺めながら、私の心は少しだけ躍っていた。


 人間という生き物はきっと、秘密を守る時と破る時に快感を覚えるようにできているのだ。

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