白い手の棲む家 2

 永手屋敷での私の生活が始まった。

 朝は日の出と共に起き、夜は日が落ちてから夕食を取り、あとは寝る。

 屋敷には電気が通っているようだったけど、あまり安定はしていないらしく、補助の明かりくらいにしか使われていない。

 主な明かりは、なんと蝋燭だ。火事が少し心配だった。


 お仕事の方は怖いくらいに順調だった。

 かまどの扱いには慣れていたし、掃除も洗濯も実家にいた時から私の仕事だった。井戸水の身を切るような冷たさだって我慢できる。

 美輪さんの旦那さんと息子さんも思いの外に愛想がよく、そもそもほとんど顔も合わせないので、今のところ上手くやれている。

 ただ――。


「主様、お膳をお持ちいたしました。……それでは、失礼いたします」


 いつまで経っても慣れないのは、「主」のお膳を奥座敷へ運ぶお仕事だった。

 「山奥でどうやってこんな豪華な食材を?」と首を傾げたくなる内容のお膳を、毎日朝夕と運ぶ。それだけの仕事なのに、一番気を遣う。


 美輪さんの言いつけ通り、お膳を置いて、空いた前のお膳を回収して素早く立ち去る。すると、背後で「シュルシュル」と音を立てながら、奥座敷の襖が開くのだ。

 そのまま、声もなくお膳を持ち運ぶ「カタカタ」という静かな音だけが響き、やがて再び襖が「シュルシュル」と閉じていく。


 ――はっきり言って気になる。

 「見てはいけない」と言われれば言われる程、見たくなるのが人心だ。

 しかも、どうやら最初の日に私を出迎えてくれた、あの「手」は主のものらしいのだから、余計に気になる。


 どうして姿を見せてくれないのか?

 何故、「手」だけは見せてくれたのか?

 田舎の風習なのか信心深いのかなんなのか知らないが、顔くらい見せてくれたって罰は当たらないだろうに。


「どうしてって。それがしきたりだからですよ」


 永手屋敷で働き始めて数ヶ月が経った頃、私は思い切ってその疑問を美輪さんにぶつけてみた。

 返って来たのは予想通り、素っ気のない言葉だった。

 けれども――。


「……手は見せてくれたのに」

「今、なんと?」

「えっ?」

「主の手を視たのですか?」


 美輪さんが珍しく驚きの表情を見せながら問い質してくる。もしや、これは言ってはいけないことだったのだろうか。


「どこで? どこで視たのですか!?」

「え、ええと、このお屋敷に来た最初の日に、玄関を開けてくださった方がいて。他の方の誰とも違う手だったので、きっと主様なんだろうな、と」

「……なるほど。あの時、玄関が開いていたのは……なるほど」

「美輪さん?」

「いえ、なんでもありません。主が手ずからお出迎えしたのであれば、私から言うことは何もございませんわ」


 その後の美輪さんは、何故か上機嫌だった。

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