第61話 魔力の欠乏

 なんとか魔人からの攻撃を防衛したという興奮が収まると、俺たちは現実に直面する。

 防御塔にこもっていた者のうち、アーヘンに率いられたナジーカの元私兵を中心とした一部は壊滅的な被害を受けていた。

 防御塔自体も全損し、城壁の損害も大きい。


 町の中に関してもソフィア様が使ったツタが急成長したときの余波による被害が起きていた。

 幸いなことに個人的に親しい人々には大きな損害は発生していない。

 俺が付き添って手を握りながら一晩眠ったギサール様も自分で歩けるほどに回復した。


 以前の俺のように魔力が少ない人間には関係ないが、ギサール様のような多い人間は自然と魔力を生命維持活動にも使用してしまうそうだ。

 そのため魔力が完全に枯渇すると色々と支障が出るようである。

 ギサール様は翌日にはケロリとして動けるようになったが、ソフィア様は寝たきりのままだった。


 俺はギサール様のお供をして被害を視察し、町の人々を励まして回る。

 今や、ギサール様は救世主として崇め奉られていた。

 ひと通り巡って公舎に戻る。

 中に入るときも人をかき分けなければならなかった。


 カヘナ・ヌオヴァの人々には防衛戦における殊勲者は、ギサール様とソフィア様と認識されている。

 メテオストライクの脅威から防御魔法で町を守ったという功績は分かりやすい。

 一晩寝てもっちもちさを取り戻した頬を膨らませたり戻したりしてギサール様は不平を言った。

 まるでフグのようである。


「本当はコーイチが大活躍したんだけどね」

「いいんです。こういう危機のときは分かりやすい英雄が求められるんです」

「まあ、僕はコーイチを独占できるからいいけどね。コーイチは僕の英雄だよ。最後の魔人を倒すところを見られなかったのが残念だな」


 この間、ギサール様の指を俺は握り続けていた。

 お願いされれば断れるはずもない。

 もしかすると、もうお願いされることもなかったかもしれない世界を開幕見たからにはなおさらだった。


「いやいや、ギサール様は一晩で回復したじゃないですか。やっぱり違いますね」

 ギサール様はキョトンとした顔をする。

「コーイチ。何を言ってるの? 昨日からコーイチが魔力を流し込んでくれていたからじゃないか。それと、ギサールって呼んでって前から頼んでいるのをそろそろ聞き入れてくれてもいいんじゃない?」


「はい?」

「コーイチの手から少しずつだけど、ずっと流れ込んでいるよ。量としてはそう多くないけど。分かってなかったの?」

「ぜんぜん」

 この謎は程なく解ける。


 いつまでも寝たきりのソフィア様のお見舞いをした際に、一緒に部屋から出てきたナトフィがこともなげに言った。

「ほら、私って魔力を流して身体強化してますよね。ここまでは誰でも知っていることですけど、あれって他人にも魔力流せることがあるんですよ。相手と深く同調しなければだめですけど」


 またまた悪い笑みを浮かべる。

「俗に言う身も心も1つって状態ですね。ちなみに私がソフィア様に試してみましたが、魔力は流れませんでした」

 それって主従の絆が薄いってことじゃ。

 俺の顔色を読み取ったのか、ナトフィが笑った。


「流れるほうが普通じゃないですよ。ちなみにラシスにも試してもらいましたけど、無理でしたし。流す方も流される方もお互いに深く相手のことを思ってないと魔力が流れないんですよ。その場合でもロスが多いですから。魔導銀を使うようになって廃れちゃった技術です」

 ギサール様が反応する。

「それじゃ、姉はずっとあのままなの?」


「一応、重湯を飲ませてみたんですけど、魔力が増えないっぽいんです。魔力がないから消化ができないようで、消化できないから魔力も回復しない。ちょっと手詰まりかもしれません。ギサール様なら魔力流せませんかね」

「僕もそれ程回復しているわけじゃないけどね。コーイチじゃ無理かな?」

 ナトフィは申し訳なさそうな顔をした。


「まあ、あれですね。コーイチ様の方はあれとして、ソフィア様はコーイチ様のことをそれほどあれではないんじゃないかなと」

「あればかりだけど、なんとなく分かった。それじゃ、コーイチ。せっかく分けてもらったものを申し訳ないけど、僕から姉に魔力を流していいかい?」

「もちろんです」


 ソフィア様の部屋に戻ると付き添いをしていたラシスが驚いた顔をする。

「こんなに早く戻られていったいどうされたんですか?」

 俺が事情を説明すると得心がいった表情になった。

「確かにギサール様とソフィア様なら魔力が流せそうです」


 血の気がなく人形のようにベッドに横たわるソフィア様はほとんど身じろぎもしない。

 僅かに目が動く程度だった。

「お姉ちゃん。今から僕が魔力を流すからね」

 ギサール様がソフィア様の脇に横たわり、その左手を右手で握る。


 俺はギサール様に断りを入れてその場を外した。

 前室のソファに腰掛けるとラシスが俺の横に腰掛けそっと俺の耳に囁く。

「あの。コーイチ様。私も魔力が枯渇しそうなんです。食事はできているのですが、心許ないので少し分けて頂けませんか?」

 そう言いながら、俺の左手の中にラシスは指を滑り込ませた。


 ちらりとソフィア様の部屋に視線を向けるが、きっとギサール様も魔力を注ぐべく集中しているはずである。

 視線を戻すとラシスの大きな翡翠色の目が訴えかけていた。

 まあ、俺が活躍できたのもラシスに魔法を伝授してもらったからだしな。

 俺はギサール様に対するのと同様にラシスも魔力が回復するようにと願いを込めることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る