第60話 灰塵
俺は俺の手首をつかむ魔人の腕に左手で触る。
その瞬間、ディスインテグレートが発動した。
もちろん悪態をついていた俺は魔法なんぞを唱えていない。
これは俺の複製が使用した魔法だった。
「まさかこの俺が……」
魔人1番がサラサラと崩れ去る。
「バーカ」
俺は語彙力のない小学生のような悪口を言った。
あらかじめ条件付けされたミッションを果たした俺の複製体が消え去るのを感じる。
俺は急いで振り返った。
滅茶苦茶になった景色が目に入る。
防御塔は残らず倒壊し、カヘナ・ヌオヴァの城壁もあちこちが崩れていた。
まだ残っていたゾンビたちの姿もない。
地上には焼け焦げてあちこちに火がくすぶっていた。
俺は元来たところへと走り出す。
両目から涙が流れだすのも拭わず腕を振って、ギサール様が立っていたはずの場所へと向かった。
視界を滲ませる涙を瞬きしながら頭を振って飛ばす。
前方に真っ黒になったものが横たわっているのが見えて心臓が跳ねあがった。
まさか。嘘だろう。
心は否定するが、頭の一部はその大きさがギサール様の背格好と一致しているのを認めている。
息を切らせながら人の形をしたものの側までいき、俺は膝をついた。
まだ熱を持っている地面の熱さが革のズボンを通じて伝わってくる。
土の下に何か見覚えがあるものがある気がして俺は恐る恐る手を伸ばした。
嘘だ。嘘だ。
震える指で金の台座に乗ったカメオのブローチをつまみ上げる。
実物よりもちょっとカッコよく造形された俺の横顔を目にして俺は絶叫をあげた。
「うおおおおお」
腹の底から絞り出す慟哭の声が響き渡る。
「……な」
幻聴が聞こえた。
2メートルほど離れた地面が割れて手が突き出される。
「……イチ。ちょっと手を貸してよ」
四つん這いで俺はその手のところに駆けつけた。
両手で焼き固められた土をどかしていく。
まだ熱い土塊をかきわけるとギサール様の顔が表れた。
少し頬が紅潮し、綺麗な顔や髪に土の汚れがついている。
「コーイチ。酷い顔をしているよ」
俺はおうおうと奇声を発しながらギサール様の体の上から土を除けていった。
両肩まで土の塊を取り除くと俺はギサール様の上半身を助け起こす。
「まさか頭を打ったんじゃないだろうね。さっきからまともにしゃべってないけど」
「どぼしで」
「ああ。隕石が防御魔法とぶつかって爆発を起こしたときに、とっさに倒れて魔法で土壁を作ったのさ。隕石を防ぐ防御魔法で魔力をほぼ使い切っていたから冷や冷やものだったよ」
ギサール様は周囲を見回した。
「魔人はコーイチが倒したってことでいいかい?」
俺は首をコクコクと縦に動かす。
ギサール様は晴れやかに笑った。
「やっぱりコーイチは凄いねえ」
俺は今度は首をブンブンと振る。
「あ」
声を出したギサール様の視線の先を見ると先ほど土塊を取り除いたときに放り投げたカメオがあった。
俺は体を伸ばしてカメオを拾い上げギサール様に渡す。
「良かった。失くさなくて。何かの弾みで飛んじゃったんだね」
ギサール様は愛おしそうにカメオの表面を撫でた。
それから俺の方へと目を向ける。
「立たせてもらっていいかい。魔力を使い果たしたせいか体が上手く動かないよ。こんなことは初めてだ」
俺はギサール様を覆っていたものから引っ張り出すと脇の下に腕を差し入れて立たせようとした。
なんとか立たせるところまではできたが支えて歩くところまではできそうにない。
そこへナトフィが風のように駆けつけてくる。
「ギサール様、コーイチ様。お疲れさまでした。魔人の撃破お見事です。それと防御魔法のお陰で命拾いをしましたよ」
場違いに明るい声をしていた。
「ギサール様、失礼しますね」
ナトフィはギサール様を抱え上げる。
「魔力欠乏で身体がうまく動かせないんでしょう。魔力が回復すれば元に戻りますよ。そんな目で見ないでください。私が抱えないと、コーイチ様も自分で歩くのがやっとという感じなんですから」
「それじゃ、しょうがないね。でも、コーイチ、僕の指を握っていてくれるぐらいはできるだろ?」
俺は左右の袖で目の周りを拭ってからナトフィの肩越しに伸ばされてくるギサール様の指を右手で握った。
ナトフィは肩をすくめる。
「早く病院に運んだ方がいいと思いますけど、ギサール様がそうしたいのなら仰せのままに」
ナトフィが歩き出したので俺はそれについていった。
ギサール様が質問する。
「姉は無事?」
ナトフィがにやりと笑った。
「ようやく聞きましたね。最初に尋ねなかったってことは私の胸にしまっておきますから。ギサール様同様に魔力を使い果たして座りこんでますけど無事ですよ。ラシスが付いてます」
ギサール様はため息をつく。
「ねえ。コーイチ。やっぱりナトフィはただの同僚だって、あの3人組に伝えた方がいいんじゃない?」
ナトフィは目に見えて慌てた。
「ギサール様。いや、本当に私は口固いですから。余計なことも言わないですし。ほら、コーイチ様。なんか言ってくださいよ」
ちょうど音を立てながら降りてくる跳ね橋に気を取られた振りをして発言を控える。
話題に出たトゥーレ、チンク、セッター3兄弟を先頭に多くの人々が歓声をあげて俺たちを出迎えに出てくるのが見えた。
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