第62話 旅立ち

 ギサール様からの輸血ならぬ輸魔力は上手くいき、翌朝にはソフィア様もベッドから起き上がれるようになる。

 ちなみにラシスへはギサール様と比べるとごく僅かな量の魔力しか注げなかった。

 ラシスだけ狡いと俺の反対の手に取りついたナトフィには更に少ない量だったから、それよりはマシである。

「これがコーイチ様の魔力……」

 そんなことを言いながらラシスは頬を染めた。

 ある意味ではナトフィが一緒で良かったかもしれない。


 カヘナ・ヌオヴァの再建方針が決まると、ギサール様は一度アイラ島の別荘に戻ることにする。

 別荘で働く人々も不在日数が増えて不安だろうし、様々な日用品も不足しているという理由からだった。


 ポートカディラに到着すると、情報に飢えていた人々に取り囲まれる。

 メテオストライクが炸裂する様子は見えたから当然だろう。

 仕方なく俺が事情を要約して説明する。

 さらにもっと詳しくという声には、定期便が再開するので、そちらから聞いてくれとして切り抜けた。

 ある程度のことが分かって落ち着いたのか、解放されたので別荘へと向かう。


「コーイチ。説明も上手だったよ」

 ギサール様が褒めてくださり、俺の自己肯定感がまたまた上がってしまった。

 褒めすぎという気もしなくもないが、ラシスたちにも魔力を補充したのがバレて拗ねられたときを思えばずっといい。


 別荘に到着すると、それぞれが手分けをして行動した。

 ギサール様は雇い人の意向を確認しカヘナ・ヌオヴァの公舎で働く者を選抜する。

 その間にソフィア様たちは当面の衣装を選抜していた。

 久しぶりに別荘の料理に舌鼓を打ってから、別荘を離れる前にと建物の中をギサール様と散策する。


 中庭や浴室を巡った後に地下室へと足を運んだ。

 普段は誰も立ち入らない部屋は埃っぽい。

 地下室を訪れたのはそこだけ行かないのも変かな程度で、特に目的があったわけではなかった。

 むしろ、ギサール様がフォースタウンのことを思い出して気分が沈むことを心配したぐらいである。


 すぐに出るつもりだったが、俺が灯した光を浴びている床の上に通信瓶を発見することでそうもいかなくなった。

 俺は荷物の選別を再開していたソフィア様を呼びに行く。

 俺たち従者が少し離れたところで見守るなか、ギサール様が通信瓶を開けた。

 中から紙片を取り出すとソフィア様と一緒に額を寄せ合って熟読を始める。


 しばらくすると2人はほうとため息を吐いた。

 ギサール様が俺たちに説明してくれる。

「父上と兄上は、やっぱりかなり前から事情を把握していたらしい。魔導銀が使えなくなったのも父上たちのせいらしいよ」


「どういうことです?」

「あの魔人たちは魔力でできているね。魔導銀なんてものがあると奴らはずっと活動を続けられてしまう。だから、父上を始めとする魔術師が総力をあげて世界中の魔導銀に込められた魔力を放出したそうだ。これで長い時間が経てば魔人は魔力を使い果たして弱体化するということだよ」


「でも、それには凄く長い時間がかかりますよね。少しでも生き延びようと人間の命も奪うでしょうし、文明が崩壊するのでは?」

「その再建を僕たちにやって欲しいそうだ。父や兄は最後までフォースタウンを死守するそうだよ」


 ギサール様はぐっと唇を引き結んでいるし、ソフィア様はそれを痛ましそうな目で見ている。

 こういう選択しかなかったのは分かるけどさ、重すぎないか。

 俺だったら性格ねじ曲がるぜ。

 それにこの雰囲気はいたたまれなさすぎる。


「あの……」

 皆が一斉に俺の顔を見た。

「フォースタウンに戻ってみませんか? まさかこんな事態になると思ってなかったんで、俺、大事なものを置きっぱなしなんですよ」

 馬鹿言ってるんじゃないわよ、とソフィア様に一蹴されるかと思ったが、とりあえずは無言を貫いている。


「ダメですか?」

 ギサール様を真似て精一杯可愛らしくお願いをしてみた。

 さすがに俺の気色悪い態度にギサール様も驚いていたが、顔に笑みが広がる。

「そうかあ。大切な従者のお願いだと僕も雑には取り扱えないね。それじゃあ仕方ない」


「ギサール?」

 ソフィア様が声をかけるとギサール様はその手を握った。

「珍しくコーイチが頼んできたんだよ。叶えてあげたいなあ」

「しょうがないわね。それじゃ支度を急ぐわ。当座のものだけってわけにはいかないものね。馬車の準備の指示はお願いするわね」


 ソフィア様はラシスとナトフィを連れて地下室を出ていく。

 ラシスは俺に微笑み、ナトフィは目を大袈裟にぐるんと回した。

 ギサール様が俺に近寄ってくる。

「ありがとう」

「何がです?」


 主の立場じゃ言いだしにくいことを敢えて触れるのも従者の大切な仕事ですよ。

 目線で訴えればニコリと笑って頷いた。

「さあ、行こうか。忙しくなるよ」

 俺はその後ろを歩きだす。


 世界中の魔導銀を使い物にならなくするというとんでもない魔法はギサール様の父上のオイゲン様抜きには成立しないはずだ。

 少なくとも5日ほど前まではオイゲン様は生きていたということになる。

 だから、今でも生きているとは限らない。

 結果的に失望するだけということも十分にありえる。


 だけど、大人の都合で子供を縛っちゃいけないと思うんだよな。

 カヘナ・ヌオヴァは当面の危機を脱した。

 後は自分たちの足で立つべきだろう。

 そう思ったから俺はギサール様の背中をフォースタウンへと押した。


 ギサール様は俺を振り返る。

「ところで大事な忘れ物ってなんだい?」

「それは……秘密です」

「コーイチがすっかり悪くなっちゃた」

 ギサール様が大袈裟に嘆いてみせた。


「それはギサールの演技力が増したのと一緒ですね」

 ギサール様の目が大きく見開かれ、満面の笑みになる。

「そうかも」

 目的地は千キロの彼方だし、途中には魔人がウヨウヨいるだろう。

 とりあえず、その旅の第1歩を俺たちは踏み出したのだった。


 -完-

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