第54話 見舞い

「この間みたいに無理やり襲ってこないんだな?」

「え、なになに。そういう被虐が好きな変態さんなの? コーイチさんがそうして欲しいっていうなら喜んでしてあげるけど」

 ナトフィは目を輝かす。

「ちげーよ」


「なんだ、つまんない」

 途端にやる気をなくした。

「私がコーイチさんが嫌がることするわけないじゃない。そんなことしたら、ギサール様にギッタンギッタンの目にあわされるに決まってるでしょ。それが分からないほど馬鹿じゃないし」


「この間は俺を押し倒したじゃないか」

「魔導銀が使えなくなって私の立場が弱くなったからさ。状況が変わったってやつ?」

 そういう割には相変わらずの態度である。


 俺の腰の近くに置いた椅子に陣取って包帯の上を撫でていた。

 まあ、負傷部位を撫でるのは回復を祈っての行為らしいので、これ自体を咎めるわけにはいかないのだけど。

 痛いの痛いの飛んで行け、みたいなものなのだろう。

 たた、俺のデリケートな部分が近いんだよなあ。


 そこへドタドタと足音がする。

「コーの兄貴、怪我の具合はいかがっすか?」

 トゥーレを先頭に3兄弟が入ってきた。

 手には花束を始めとした色々なものが抱えられている。


「あ、姐さん。お邪魔じゃなかったっすよね?」

「それはどうかしら」

 ナトフィは笑みを浮かべた。

 俺は慌てて割って入る。


「話をしていただけだ。全然邪魔じゃないぜ。で、その抱えているものはなんだ?」

 セッターが身動きすると濃厚な香りが部屋の中に満ちた。

「もちろん、お見舞いの品です。コーの兄貴が負傷しながらも怪しい奴らをぶちのめしたんでしょう? 早く良くなるようにって町中から集まったんでさ」

 3人はベッド脇のテーブルに見舞いの品を積み上げる。

 チンクが置いたものを指さす。


「季節の果物の盛り合わせです。皮を剥いたりするのは姐さんにお任せしていいっすかね」

「もちろんよ。そのためにここにいるんだから」

「それと、その壺の中には新鮮な海藻を切ったものが入ってやす」

「それじゃコーの兄貴のことよろしくお願いしますよ」

 用が済んだらトゥーレたちはさっさと出ていった。


「なんだ、あいつら。そんなに慌ただしく出ていかなくてもいいだろうに」

「そりゃ野暮はしたくないでしょ。折角だから、何か食べる?」

「なんか、こき使っているようで気が引けるんだけど」

「そんなこと気にしなくていいのよ。そのために私がいるんだから。むしろ、何もしない方が怒られちゃう。ちょっと、ナイフと皿を借りてくるわ」


 戻っきたナトフィは器用にマンゴーに似た果実の皮を剥いてカットする。

「はい、あーん」

 瑞々しい果物を手で摘まむと俺の口に近づけてきた。

「いや、いいよ。右手は使えるし」

「ベトベトになるわよ。安静にしてろって言われているんだから、大人しく言うこと聞きなさい」


 俺が観念するとナトフィは俺の口に果物の切れ端を入れる。

 芳醇な香りと爽やかな甘みが舌の上に広がった。

 咀嚼し終わるのを待ってナトフィは次の切れ端をつまみ、また俺に食べさせる。

 最初は遠慮していたが段々と大胆になり、指が俺の唇に触れた。

 果物一つ分食べさせ終わるとナトフィは自分の指をぺろりと舐める。

「ほらね。やっぱり結構べたべたする」


「なんか気のせいか浮かれてないか?」

「まあ、こうやってコーイチさんのお世話していればいいからね。ラシスに比べたら全然楽だし」

「まあ、魔人やモンスターをどう迎撃するかなんて難しい話をするのは大変かもしれないけどな」


「え? 違うわよ。そんな話じゃないわ」

「どういうことだ?」

「コーイチさんが魔人を倒したこと自体は凄いことよ。それは間違いないわ。でも、今まで使っていなかった魔法を急に使えるようになったのって理由が気になるわよね。この場合、考えられるのはラシスしか居ないわけで、今頃徹底的に尋問されているんじゃないかしら。大変よね」


 ナトフィは自分には関わりないとばかりに屈託ない笑みを浮かべた。

 俺は思案を巡らす。

「この危機的な状況に少しでも対処するためって説明で乗り切れるんじゃないか」

「それはどうかなあ。今まで全く使えなかった魔法を習得させるのって大変よね。ラシスのデュプリケートってそんなに簡単に使えるもんじゃないし。自分の血を引いた相手を除けば1回しか使えないんじゃなかったかな。そんな貴重な魔法を使えばねえ。どんな取引をしたんだって話になるでしょ?」


「随分と余裕な態度だけど、ナトフィも延焼するかもしれないぜ」

「私はなにも証拠がないもの。コーイチさんって一旦約束したことは守るでしょ? コーイチさんがギサール様に言わなきゃ平気よ。さっきの3人組に親しげしているところ見られちゃたけど、ギサール様に報告しそうもないから」


「なんだか小賢しいというか、なんというか。それにその割には楽観的なんだな」

「そりゃそうよ。こんな大変な時期に悩んでいたら神経がもたないわ。最後の最後にはコーイチさんって私のことを見捨てたりしないでしょ」

 ナトフィは俺に向かって片目をつぶった。


 調子のいいやつだ。

 まあ、憎めないんだけどな。

「少し眠った方がいいわ。ちゃんと見張りをしてるから、安心して休んで」

 何をどうちゃんとするのか怪しいが、疲れを覚えた俺は少し眠ることにした。

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