第53話 ナトフィ
「あ、お姉ちゃん。コーイチが怪我をしてね。これから診てもらうところなんだ。名誉の負傷ってやつ。命に別状はないんだけど、それなりに傷は深そうなんだよね」
ギサール様の無邪気な声で時は再び動き出す。
後は先生の治療に任せ海軍の隊長アンドレに報告と指示を、とソフィア様に言われギサール様は仕方ないと出かけていった。
その際に一人じゃ不安だというのでナトフィが残っている。
医者は緑色の臭い軟膏を患部に塗りたくり、包帯をぐるぐると巻いた。
「今日一日は安静にな」
ということで抵抗する間もなくナトフィに抱きかかえられて診察室から病室に運ばれる。
「傷に障るから激しい運動はせんようにな」
フォッフォッフォッと変な笑いをした医者は病室を離れた。
何があったのか詳しく話すようにせがまれたので一部始終を語る。
「ふううん」
ナトフィが気の抜けた相槌を打った。
「話が事実なら大活躍じゃない。そりゃ、ギサール様もニコニコしているわけだわ」
「それで、こちらで何か変わったことはあったのか?」
「変わったことというか、海兵3人組が、コーイチさんからって私たちのところに魔導銀を持ってきたわ」
「あいつらナトフィさんたちのところに持っていったのか。俺に差し出していらないと断ったら……勝手なことを」
「なあんだ。あなたの指示じゃなかったのね。でもお陰で助かったわ。いい機会だからって戦いに備えて魔力を引き出しておいたの。そしたら、ギサール様とあなたが出かけてしばらくしたら魔導銀が全部使えなくなったでしょ。ぎりぎり魔力の補充が間に合った感じ」
「まあ、役にたったなら良かった」
「モンスターが大量に出現するし、魔導銀は使えなくなるし、世界が滅ぶのかもしれないわね。嫌になっちゃうわ」
ナトフィはため息をつく。
「確かに未曽有の大災害だよな。でも、ここにはギサール様がいるから大丈夫さ」
「そうね。他所よりかはマシかも。魔導銀鉱山から離れているのもあるかもしれないけど、一応は秩序が保たれてる。コーイチさんから聞いた感じだとモンスターもなんとかなりそうだしね」
「そうだといいが」
「なに言ってるのよ。あなたが頑張らないとダメじゃない」
え? なんだと? この俺が?
「いや、俺もそれなりに努力するよ。だけど、俺よりむしろナトフィさんに期待しているんだけど」
ナトフィはやれやれというように首を振る。
「そりゃ、今は魔力を補充したばかりよ。でも、もう、魔導銀から補充はできないから、景気よく魔力を消費することはできないわ。それに、たぶん私は魔人を倒すのは厳しいと思う」
「そうなのか」
自分も魔力を補充しておこうと、俺は革袋の中から干した海藻を取り出して食べた。
俺のことをナトフィが微妙な表情で見る。
包帯のせいでズボンが穿けずパンツ丸見えなので、あまり凝視されたら恥ずかしいぜ。
「なんだよ、そのあなたはいいわね、って顔は?」
「正解よ。その通りだと思ってるわ。考えてもみてよ。たぶんこれからは魔導銀は使えなくなる。そんな中であなただけがいつでも大量に魔力を補充できるのよ。すごく有利だと思わない?」
「まあ、そうかもな」
「それはさておき、さっきの話だけど、魔人って魔力で構成されているんでしょ。たぶん殴ったり蹴ったりしても効果が無いと思うわ。私にはどうしようもない。変な肌の色の人型の魔物はなんとかなるかもしれないけどね。でも、あまり触りたくない感じがする。ということで、私は全くお役に立てないわ。せいぜい、ソフィア様の盾になるぐらい」
「そうか。まあ、元々はそれが仕事だもんな」
「まあね。それで私がこれからの戦いにあまり役に立たないってソフィア様も分かっているはずよ。だから、ラシスじゃなくて私をここに残したんだと思う。モンスターとは戦えないけど、あなたを運ぶのはできるからさ」
「そこまで卑下しなくてもいいと思うけど」
「慰めはいらないわ。この大異変で社会の序列やルールが変わるのは仕方ないことだもの。それでね。私がコーイチさんの愛人って話、世の中が落ち着くまでは継続ってことでどうかな?」
「勘弁してくれよ。ギサール様にラシスさんから教えてもらった魔法のことを問い詰められて、隠すだけでも大変だったんだからさ」
「そこをなんとか」
「ギサール様に俺が怒られるんだぜ。条件のいい縁談の邪魔になるから品行方正にしておけって言われてるんだから」
ナトフィはあごに手を当てて考え込み、しばらくすると俺に向かって笑みを浮かべる。
「もう良縁もなにも、社会がぐちゃぐちゃになっちゃって既存の階級とか地位とかは意味がなくなるわ。そういう意味じゃ、コーイチさんは一方の旗頭になるのは間違いないと思うわよ。だから、女遊びの一つや二つは問題にならないって」
「そうは言ってもなあ。俺が勝手なことをするわけにはいかないだろ。ナトフィさんだって、ソフィア様に仕えてるんだし、そんなことになったら相当怒られるんじゃないか」
「だから、あなたが強引に関係を迫ったってことにすればいいじゃない」
「言ってることが無茶すぎるぜ」
俺は頭を抱えた。
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