第52話 診察
右手に胸の鼓動が伝わってくる。
って、それどころじゃない。ちょっと待って。
これじゃ美少年の胸に手を当てる変態中年の図じゃないですか。
あ、ギサール様の顔はゴーグルとスカーフで半分ぐらい隠れてるから美少年というのは分からないか。
それでも隠れていない部分から美貌オーラが十分に漏れてるんだよなあ。
ほら、周囲の女性が変な目で見ていますよ、ギサール様。
振り払いたいがそうもいかない。
そこで出立を進言する。
「あ、町に戻るんでしたよね。そうしましょう」
俺は痛む左手でゴーグルをかけ、浮遊の呪文を唱え始めた。
ギサール様は俺の右手を握り替えると呪文を唱えて空を南へと飛び始める。
「本当に町に戻るんですか?」
「当たり前じゃないか。コーイチの怪我の手当してもらわないと」
「まだ、もうちょっとは耐えられますよ。あれが全部とは思えません。残りの位置を探った方がいいのでは?」
「コーイチの手当の方が大事だよ。ここだってカヘナ・ヌオヴァからはそれなりに離れているから不意打ちはされないと思う。それにあの魔力でできた魔人のパターンは把握できたから、魔法で位置を掴めるはずだよ」
「それならいいのですけど」
「そんなことよりも、どうやってファイアストームとディスインテグレートを覚えたの? かなり使いこなしていたよね」
振り返ったギサール様にじっと見られる。
「あ、えーと……」
「僕に言えないんだ」
フイと前を向いてしまった。
「隠し事をするなんてコーイチも随分悪くなったよねえ」
あああ。
この板挟み辛すぎる。
身悶えしていると、ふふふっという笑い声が聞こえた。
「冗談だよ、コーイチ。僕にも言えない事情があるんでしょ? 帰りつく前にそれが確認したかっただけ。これ以上は追及しないであげるよ」
「申し訳ありません」
「ちょっと淋しいけどね。コーイチは理由なしにそんなことしないって分かってるから」
ますます罪悪感が膨らんでいく。
ギサール様の口調が変わった。
「それにしても、あの魔人をよくディスインテグレートできたね。初見だと僕も自信がないなあ。お陰で助かったよ。ちょっと手詰まりだったから」
「そうなんですか?」
「だってあいつ、僕の防御魔法を透過する攻撃魔法放ってくるほどだからね。あんなの何発も食らえないよ」
「そんなに連続では撃てないのでは?」
「あいつ自身が魔力でできているからね。大気中に放散した純粋攻撃魔法の魔力を回収してた。さすがに全量は無理だと思うけど」
「確認なんですけど、ナジーカと愛人はやっぱり殺されたんですよね?」
「そうだね。魔力を吸われてポイだろうね。それからなりすましていたんだろう。馬車に乗っていた2人は食料のつもりだったと思う。死んじゃったらすぐに魔力は流れ出ちゃうからね」
「あのゾンビみたい……爪の生えた半分腐った人間はなんでしょう?」
「僕にもちょっと分からない。魔人の部下なんだろうけどさ」
「質問ばかりであれですけど、あの包囲は俺たちをおびき寄せるためのものだったんですかね?」
「というか、コーイチをだね。これだけ魔力を溜め込んでるんだ。魔人からすればご馳走だよ。舌なめずりしてたに違いないね。それでパクッと頂こうとしたら手痛い反撃を受けたってわけ」
ギサール様の声が怒りを含んだものに変わる。
「まったく許せないよ。コーイチをエサ扱いするなんて」
ギサール様は俺の手を握る左手に力を込めると俺にそっと抱きついてきた。
「魔人に突撃したときは本当に驚いたんだからね」
胸の辺りからくぐもった声がする。
あーうー。
「ギサール様、カヘナ・ヌオヴァですよ」
むー。
不満そうな声を漏らすが、元の位置へと戻った。
どきどきどきどき。
危ねえ。もう少しで目覚めそうだった。
左手に力が入れられたら抱きしめていたかもしれねえ。
俺は急いで照れ隠しのための話題を探す。
「俺の魔力量がダダ漏れというのは分かりますけど、ギサール様が捕食対象にならなかったのって、魔力量を隠していたりします?」
「そうだよ。傷の治療が終わったら最優先で魔力量を偽装する魔法教えるから。魔人がコーイチに殺到すると思うと落ち着いていられないからね。さあ、着いた。浮遊の魔法はそのままにしてね」
ギサール様は軍団の病院だった建物の前に着陸した。
凄く大きな人型のバルーン状態で俺は運ばれていく。
まあ、こんなに見栄えのしねえバルーンというのはなさそうだけどな。
「すいませーん」
ギサール様が声をかけるといかにも頼りなさそうなじいさんが出てくる。
「なんの用かな?」
「コーイチが雷撃の魔法を受けたので診て欲しいんです」
「ほう。これは臨時市長さんじゃありませんか。ということはモンスターと交戦されたということですかな? ま、こちらに座らせなさい」
俺は寝台に腰掛けさせられ、浮遊魔法を解いた。
「それでは患部を見る。服を脱ぎなさい」
上着を苦労して脱ごうとするが上手くいかないとギサール様が手を貸してくれる。
「あ、自分でやりますから」
「もう。怪我人は無理をしない」
ちょっとガチめに怒られてしまった。
革のズボンは更に苦労しそうだな。
とりあえず、また浮遊の魔法を使って浮き上がり、右手で脱ごうとするが上手くいかない。
「先生。押さえておいてください」
じいさんが俺の肩を押さえるとギサール様が屈み込んで俺のズボンに手をかけて一気にずりおろした。
「ねえ、ギサール。戻ってきたのに病院なんかに来て。まさか怪我でも……」
その声と共にソフィア様が従者2人と部屋に入ってくる。
たちまちのうちにソフィア様が赤面した。
そりゃまあ、俺も下着姿ではあるけどさ。
そこでハタと思い至る。
これはギサール様が俺のことを襲っているの図に見えているのでは?
「ギサール?」
ソフィア様の声が震え、後ろの2人組は驚愕の表情を浮かべていた。
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