第51話 補助魔法
ぐああっとあり得ないほど開いた女の口には鋭い牙が生えていて俺の無防備な喉に……刺さらない。
十分に警戒していた俺は防御魔法をとっさに発動していた。
魔法学院の悪ガキによる魔導銀を使った悪戯への対抗手段は俺もかなり早い段階から習得している。
その魔力流入を遮蔽する魔法は、防御魔法の基礎となっていた。
これだけ魔法が一般的であれば当然にそれから身を守る方法は色々と模索されている。
そのため防御魔法は魔力消費が多いが、長年の研究の成果により術式としてはかなり簡単に構築できるようになっていた。
俺の首筋から顎にかけての肌から3センチほどのところにフラクタル図形が浮かび上がっていることだろう。
美女は不意打ちに失敗して狼狽した。
なぜか心の中に自然と湧き上がるものに導かれるようにして俺は手をあげると、女の額に手で触れて
右手に触れしもの原初の姿に帰れ。
美女は服装ごと微粒子に分解された。
映画で見栄えが良くなるように特殊加工されたガラスの代用品が砕けるようにきれいにバラバラになっている。
やったぜ。
そんなことを思う間もなく馬車の中から膨大な魔力が膨れ上がった。
あ、死んだな、こりゃ。
馬車の扉を突き破って高密度の魔力の奔流が俺に向かってくる。
緊急時には時間が圧縮されて全てがスローモーションに見えるって本当なんだな。
ダメ元で前面に防御魔法を高速で展開する。
ビームのような純粋な魔力のほとんどは俺の50センチほど前方で弾かれて上空へと向きを変え飛んでいった。
ギサール様が描いたと思われるフラクタル図形が虹色に輝く。
透過した僅かな魔力はその内側、俺の目の前1センチの防御魔法を叩いた。
防御魔法は砕け散り俺は目をつぶる。
顔の表面がチリチリとした。
痛みが治まるとすぐに目を明ける。
2メートル先の馬車の中にはナジーカとは似ても似つかぬ病的までに白い肌のイケメンが顔を歪ませていた。
その指先に黄色いスパークが走ると俺に向かって光芒が幾つもの曲線軌道を描いて発射される。
その全てを直径10センチほどの円が受け止めた。
俺から30センチほどのところで多数の閃光が上がり消える。
先程より近い。
ギサール様が押されている?
そう思ったときには俺は前に飛び出していた。
再びイケメンの指にスパークが走る。
1発、2発。
右脚と左肩に激痛が走り感覚がなくなった。
つんのめりながら左足が地面を蹴る。
伸ばした右手がイケメンの指にふれた。
前に出ながら唱えていたディスインテグレートが発動する。
イケメンは驚愕の表情を浮かべながら粉々になり消えた。
ディスインテグレートは攻撃魔法ではない。
魔力で錬成されて実体を形成したものを元の魔力に戻す補助魔法である。
通常は魔法の工芸品を破壊するのに使われることが多かった。
その習得難易度はそれほど高くない。
ただ、対象とする錬成物の構造を正確に解析して理解できなければ、魔力の消費量でごり押しすることになる。
相手の構造が複雑であればあるほど、指数関数的に魔力が増大した。
それで、さっきの美女やイケメンはどうも純粋な魔力で構成されている魔法生物らしい。
その構造をなぜか俺は瞬時に理解できた。
仕様書も何も残っていないプログラムからどんなふうに動いているのか解析する業務をしていたからかもしれない。
ということで、俺はよく分からんが魔法のリバースエンジニアリングに長けているようである。
そのため、本来なら莫大な魔力が必要になるところだが、比較的に少ない魔力で魔法生物を魔力に分解することができたのだった。
ぶっ壊れた馬車に寄りかかっていると、座席にまだ2人座っているのが見える。
流石にもう限界だった。
右手でなんとか体を起こして後ずさろうとすると、当たり前だが右脚に重心がかかる。
力が入らずひっくり返りそうになるのを誰かが支えてくれた。
「コーイチ。しっかりして」
「ギサール様。まだ、中に……」
「大丈夫だよ。あれは人間。魔人じゃないよ」
「そうですか。俺はまだよく識別できなくて。倒した2人も擬態されている間は区別がつきませんでした。あ、重いですよね。そのまま、後ろにひっくり返してください」
「そんなことできるわけないだろ。アーヘンさん手を貸して」
慌てて寄ってきたアーヘンが俺の右脇に体を差し入れる。
俺を支えながら腑に落ちないという感じの声を出した。
「何が起きたのかさっぱりです。いや、純粋攻撃魔法を防御魔法で防いだのは分かりますが……」
ナジーカの愛人の1人が砕けたことと、ナジーカが馬車の中に居なくて、見たことのない男が雷撃の魔法を使ったことなどについて首を捻っている。
ギサール様はきっぱりと言った。
「悪いけど説明している暇はないんだ。町に戻ってコーイチの手当をしてもらわなくちゃ。とりあえずナジーカはもう居ないから町に戻ったら? さあ、コーイチ。帰るよ」
「ちょっと待ってください。ギサール様と違って一杯一杯なんですから。まだ心臓が跳ねてますよ」
「何を言ってるのさ」
ギサール様が不満そうな声を出し俺の前に回る。
「コーイチが飛び出したときから僕だって心臓が破裂するかと思ったよ」
そして俺の手を取ると左胸におしあてた。
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