第48話 偵察

 あれ?

 心なしか俺の魔導書が立派になった気がする。

 いや、間違いなく見栄えが良くなった。

 さっきまでは無造作に紙を束ねて紐で綴じていただけだったのに、今ではきちんと袋綴じになっている。

 厚みも増えていた。

 魔導書(笑)が魔導書(?)ぐらいにはなったんではあるまいか。


「どうもありがとうございます」

 俺がお礼を言うとラシスは手を振った。

「なんか想定していたものと違うのが混じっちゃった。あなたと親和性が高いみたい。魔法があなたを選んだのね」

 なんじゃそりゃ。


「まあでも、成り行きでコーイチさんに魔法を伝えることになったけど、よく考えたら、これで良かったのかもしれないわ。迫りくる敵を倒すのにあなたの力もあった方がいいもの。コーイチさん。あなた、今自分がどれぐらい魔力をため込んでいるか分かってる?」


「いえ、全然分かりません」

 ゲームと違って残りの魔力が数字やゲージで表示されるわけじゃないからな。

 魔力の量を量るのは得意じゃないし。

 まあ、フォースタウンに居た頃とは比べ物にならないほどあるというのは分かる。

 お下品な例えだけど小便するのを我慢しているような感覚はあった。


「そうね。一般的な成人が日常生活を送るのに使う魔力の半年分はありそうよ。今の状態なら軍団の戦士としても十分やっていけるわ」

「そんなに……」

「まあ、普通は人が食べないものを頑張って食べているのですものね」

「いや、だから俺のいた世界だと普通に食べていたんですって」


「あんなものを常食するなんて、よっぽど食料が不足しているのでしょうね。魔力がそれだけ取り出せるなら分からなくはないけど」

 ラシスさん、ナチュラルに日本人を敵に回すこと言ってますね。

 言い返そうとしたところで、扉が開いてナトフィが顔をのぞかせた。

「お、早速やってるね。やっぱり、私の方も続きをする?」


「とっても残念ですけど、そろそろギサール様のお支度の準備をしなくては。心配しなくても当面は俺からはしゃべりませんよ」

 なんだか唐突に距離が縮まってむしろ落ち着かない。

 俺は魔導書を消すと仮の私室から出て行った。


 *** 


「コーイチ。偵察に出るよ」

 ギサール様が朝食後に言い出すと、ひと悶着が起こる。

「じゃあ、私も一緒に行くわ」

 ソフィア様が言い出した。

「私の方が役に立つはずよ」


 そりゃそうだ。

 ソフィア様もコーネリアス家の一員である。

 直接俺が目にする機会はなかったが、ガジークの海賊に襲われたときも、ギサール様と共に活躍していた。

 ぶっちゃけ、お二人が参戦したことで、カヘナ・ヌオヴァは当面の危機を脱したんじゃないかと俺は思っている。

 逆に言えば二人に依存している部分は否定できない。


「だからこそ、お姉ちゃんにはここに残って欲しいんだよね。ほら、モンスターの位置が分からないじゃない。奇襲を受けたときにこの町を守るためにはお姉ちゃんがいると僕は安心なんだけどなあ」

 新しく出現したモンスターは従来の探査魔法が効かないと言うことが分かっていた。

 また、大型の鳥を使役して偵察しようと思っても、その魔法を使うための魔導銀が不足している。


 軍団が移動した際に官庫から根こそぎ持ち出したらしい。

 海軍が独自に確保していたものもあるが、今後の襲撃に備えて節約する必要がある。

 今まで魔導銀に依存していたつけが大きくなっていた。

 カヘナ・ヌオヴァは以前から魔導銀の流通は多くなく、アンジェの言うとおり民間ではあまり使っていない。

 それでも軍団や公的機関では使われていたわけで、その部分に支障が出ていた。


「ギサールがそこまで言うなら仕方ないわね」

 ソフィア様は渋々ながらといった風情でギサール様のお願いを飲む。

 ただ、機嫌を損なっていないのは明らかだった。

 チョロい。

 いや、そんなことを言ってはいけないな。

 ギサール様のお願いパワーが凄すぎる。

 これに対抗できるのは人類には無理だろう。


「コーイチ」

 呼ばれて見てみればソフィア様が俺に冷たい視線を向けていた。

「ギサールのことを一命を賭しても守りなさい」

 いやあ、兄妹だね。スティーヴン様と言っていることがそっくりです。

「畏まりました」

 真面目な顔で応ずるしかない。

「ちゃんと義務を果たしたら、あの答えを教えてあげるわ」


 まあ、そんなことを言われなくてもギサール様の盾となる覚悟は決めてますけどね。

 現実的には足手まといにならないようにするのが関の山だろうけど。

 ソフィア様の了承が得られたので、早速偵察に出ることになる。

 いざ、出発しようというところでトゥーレが息せき切ってやってきた。


「コーの兄貴、こいつをもっていってくだせえ」

 渡された革袋を覗くと魔導銀のタブレットが何枚か入っている。

「これ、どうしたんだ?」

「ナジーカの野郎が逃げ出したときに慌てて落していったやつでさあ」

 ギサール様を待たせるわけないはいかないな。

「そうか。気持ちは嬉しいが、俺には必要ない。じゃあな」


 早々に会話を打ち切って、浮遊の呪文を唱え始める。

 すううっと漂っていく俺の手をギサール様が握った。

 それと同時に急な加速で空へと飛び立つ。

 前回無人島から救助されたときと違って、今の状態ならギサール様はほとんど追加負担をすることなしに俺を連れて空を飛ぶことができた。


 なんだか俺もヒーローになった気分である。

 でもなあ、ギサール様と仲良く手つなぎ状態なんだよな。

 冷静に考えるとヒーローと一緒に飛行デートを楽しむヒロインの図である。

 後でソフィア様にどんな視線を向けられるかと思うと一気に気が重くなった。 

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