第47話 必要な魔法
これは屈辱だな。
いやまあ、ナトフィはいい女ではあるけどそういうことじゃない。
「よく分かったよ。これだけ真剣にならざるを得ないってことが。俺は口外しない」
抵抗を諦めて宣言するとナトフィは俺の目を覗き込んだ。
満足したように頷くと、からめていた脚をほどき俺の体をコロンとひっくり返す。
パッと立ちあがると俺の手を掴んで引き起こした。
少しだけ抗議をする。
「俺と違ってそれだけの腕前があれば十分身を守れそうだけどな」
「そうかもね。だけど、ことが起こるまで私がこれだけの腕前を持っているって分からないわ。」
「最初の一人をやっつければ……」
ナトフィは力弱い笑みを浮かべた。
「恥をかかされたというので、人数を揃えてやっきになって襲ってくるだけよ。全てじゃないにせよ、そういう男って多いわ」
「俺が逆恨みするとは思わなかったのか?」
「この数日で人となりを見せてもらったから。あなたはそういう人じゃないわ」
「そうか」
ふと気づくとラシスが居ない。
「あれ? ラシスは?」
ナトフィは笑みを浮かべる。
「そんなに蹂躙されるのを見て欲しかったの? 思った以上の変態さんだわ」
いや、単に居なくなったと思っただけなんだけど。
ナトフィは俺の腕をポンポンと叩いた。
「冗談よ。それじゃ私たちも休みましょう。明日も忙しくなるわ」
前室を出ると急な階段を上って使用人部屋に移動する。
「それじゃ、お休みなさい」
ナトフィは部屋の一つに消えた。
俺も手近な扉を開けて部屋に転がり込む。
誰かが使ったままのシーツが乱れた寝台だったがそれを気にしてどうこうしようという気力と体力がない。
今日はとにかく疲れた。
大勢の初対面の人間と会うだけでも疲労感があるのに、迫力満点のおっさん3人とひざ詰めで話をさせられる。
さらには一日の最後にあの事件だ。
いいように弄ばれて俺のプライドはもうズタズタよ。
なんてことはない。
社畜していたとき、営業とか経理の女性には空気扱いされていたからなあ。
やっぱり無視されてる方がキツかった。
そういう意味では構ってもらえるだけ幸せだったりするかもしれない。
まあ、あのまま強制的に関係を持たせられたりしたらトラウマになりそうだけど、とりあえず解放してもらえたし。
ギサール様に嘘をつく格好になるのは気がかりではある。
状況が状況だから許してほしい。
まあ、もし噂が耳に入っちゃったら、御免なさいをしよう。
もうだめだ。眠い、死ぬ。
何か物音がした気がして目が覚めた。
あまり広くない部屋はまだ薄暗い。
その薄闇の中で扉を叩く音が聞こえる。
「誰だ?」
「ラシス。入るわよ」
扉が開いて人影が入ってきた。
俺の寝ている寝台を通り過ぎて木の窓を開ける。
爽やかな朝の空気が流れ込んできた。
頭上に柔らかな明るさの光球が出現する。
まだ頭がはっきりしない俺の顔をラシスが上から見下ろした。
「ねえ、目をちゃんと覚ましなさい」
俺は両手で顔を叩く。
「もうギサール様たちの身仕度の時間か?」
「まだよ」
「じゃあ、なんで……」
ラシスは目の前に魔導書を出現させた。
「あなたへの約束を果たしに決まってるでしょ」
「なにもこんなに急がなくてもいいんじゃないかな?」
「そうはいかないわ。約束は速やかに履行すべしってね。私の義務を果たさなきゃ。さあ、見て」
魔導書が開き索引ページが現れる。
本来読めないように保護されている中身が丸見えだった。
ギサール様には及ばないだろうが、俺に比べると遙かに多彩なカテゴリが並んでいる。
攻撃、防御、支援、強化、弱体化、補助などにまとめられていた。
「こんなにたくさんあって選べないよ」
「任せて」
ラシスが片手を魔導書に、もう片手を俺に向けて呪文を唱える。
次々と魔法の名称、効果、射程などの情報が頭の中に流れ込んできた。
「これが現時点で私の知る全ての魔法の概要よ。もちろん、今伝えた内容だけでは術式が含まれていないからあなたが使うことはできないわ」
「それにしても数が多いし、そもそもの素養がなさ過ぎて何を選んでいいのか分からない。ラシスさんがこの町を守るのに役に立ちそうなものを選んでくれないか?」
「それでいいの?」
「ああ、すぐそこまでモンスターが迫っているからな。こんな朝早く来たのも時間がないからじゃないか? その一方で昨夜じゃなかったのはラシスさんが選ぶ時間が欲しかったからだろ?」
「昨夜はナトフィに襲われていたというのもあるけどね。いいわ。そこまで信用してくれるというなら、この状況下で最適なものを選んであげる。あなたの魔導書を開いて」
俺は言われたとおりに魔導書を出現させる。
ペラッペラでいかにも内容がなさそうな外観をしていた。
ラシスが再び呪文を唱え始めると、ラシスの魔導書から文字が光りながら浮かび上がる。
キラキラと輝く文字が宙を舞い、俺の魔導書に吸い込まれていった。
なんだか恍惚とした気持ちになる。
本来、魔導書は持ち主の記憶を反映したものだ。
反復継続して覚えると魔導書に記録される。
脳を直接いじられているのか、先ほど魔法の概要のときとは違った感覚がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます