第46話 それぞれの提案

「ちょっとどういうこと?」

「なんで私がコーイチとつきあってることになってんのよ?」

 ギサール様とソフィア様がお休みになられた後、当然のことながら俺はラシスとナトフィに詰められる。

 誰か助けて。


 周囲を見回しても当然のことながら誰も味方はいなかった。

 とんずらこいたナジーカの公舎を接収したギサール様の仮住まいは3階建てである。

 プライベートエリアである3階部分には他の誰も立ち入ってはこない。

 階段を上がった先の前室に俺たちがいて、その奥の扉がギサール様とソフィア様の寝室ほかに繋がっている。


「いや、俺にもよく分からないんだ。ギサール様がカヘナ・ヌオヴァ防衛のために立ちあがったというのと同じで、勝手に話が広まったんだよ。そんなに嫌だというなら、明日誤解を解いて回るから」

 そんな噂は不本意と言う気持ちは分かるぜ。

 だけど俺にどうしろっていうんだ?


 俺は両手を前に出して2人から距離を取ろうとした。

 不機嫌そうなラシスがさらに嫌そうな顔をする。

「それなんだけど、当面はそのままでいいわ。わざわざ否定する必要はないわよ」

「まあ、何百人に話して回るのはダルいから、俺としては構わないがそれでいいのか?」


「良くはないけど仕方ないでしょ。その話が広まってからはあのねっとりとした視線を向けられなくなったんだから」

「そうそう、ちょっと身の危険を感じるレベルだったからね」

「あんたたちは腕にも覚えがあるんだろ」


 ナトフィが大きなため息をついた。

「自分の力量が分かってるからよ。さすがにあの人数を相手にするのは、ギサール様やソフィア様のような天才じゃないと無理」

「なるほど。しかし、この話がギサール様やソフィア様に伝わるのはマズくないか」

「誰もそんなことをわざわざ言いにいかないわよ」


 ラシスの表情が変わる。

「まさか、あなた、ギサール様に言うつもりなの?」

「まあ、先に耳にいれて事情を説明しておかないと信用を失いそうだからな。勝手に色恋をするなとという僕の話を聞いていたか、って」


「なにそれ、それじゃ、あなたと私たちがそういう関係だとギサール様には不服ってわけ?」

「というか、誰であってもかな」

 二人が変な表情になった。

「まるでそれって……」


「いや、ありがたいことに俺の将来を色々と考えてくれているみたいなんだ。だから、それをぶち壊すような真似はするなってことみたいでさ」

「ふーん。それじゃやっぱり、ギサール様はコーイチさんを腹心にしようしているんじゃないかと思ってたんだけど、あながち間違いじゃなさそうね」


 ラシスは思案すると語気を強めて切りだす。

「コーイチさん。ギサール様にこの件を話すのはしばらく待って。話をすれば絶対に話を打ち消すだろうし、そうなったら結果は見えてる。私たちが可哀想と思うならお願い」

 とっさに返事ができないでいるとラシスは切り札を切った。


「私の魔法を教えるわ。私はデュプリケートの魔法が使える。任意の魔法3つを私の魔導書からあなたの魔導書に転記できるの。もちろん私の魔導書は全て公開するわ。これでどう?」

 確かにこれは魔術師として丸裸になるようなものだ。

 随分と思い切ったな。


「なにそれズルい」

 横からナトフィの声がした。

「自分だけ身の安全を図ろうっていうの? それじゃ、魔法を提供できない私は見捨てられちゃうじゃん」


 ナトフィは魔力そのものを手足の動きに合わせて打ち出すのと魔力を体にみなぎらせて防御するのを得意としているらしい。

 それ自体は理論が確立されていて珍しいものではなかった。

 スムーズに正確に行うことができるというだけで、それは鍛錬の賜物であり、誰かに承継できるものではない。


 ナトフィは俺たちに近づいてくる。

 ラシスに詰め寄るのかと思っていたら、すっと俺との距離を縮めた。

 俺の両腕をつかんだと思うと脚が払われる。

 気付いたら絨毯の上に転がされていた。

 え? 今のはなんだ?


 ナトフィが俺の体の上に覆いかぶさると、小さな掛け声とともに素早く体の上下が入れ替わる。

 左手首をつかまれたと思ったら、ナトフィの胸の辺りに位置を動かされた。

 そのまま掌がナトフィの胸乳に押し付けられる。


 それと同時にナトフィの脚が俺の体を押し付けるように後ろ側に回された。

「いやあん。やめてぇ」

 ナトフィは蚊の泣きそうな声を漏らす。

 俺は慌てて起き上がろうとするが、ナトフィの脚に阻まれて弾かれ強く下半身を押し付けるような格好になってしまった。


 なんとか右手で上半身を僅かに起こすとナトフィの顔が目に入る。

「いきなり押し倒すなんてケダモノね」

「ちょ、ちょっと待て。俺は何もしていないからな」

 ナトフィの顔に笑みが浮かんだ。


「ねえ。大きな声をあげてもいいのよ。ソフィア様にこの姿を見たらどう思われるかしら?」

 なんとか逃れようともがくが、どこをどうされているのか俺の体は抜け出せない。

 睨みつけるがナトフィは涼しい顔をしていた。

「取引しましょ。コーイチさん。私のことも当面ギサール様に黙っていて。そうしたら、もうこんなことはしないわ」


 俺は深呼吸をする。

「分かった。いいだろう。だから放してくれ」

「もしこのまま続けたいならそれでもいいけど」

 ナトフィは蠱惑的な笑みを浮かべた。

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