第45話 強面三兄弟
「へえ、コーイチさんと仰るんで」
「じゃあ、俺たちの兄貴分ってわけっすね」
「よろしく、おねーしゃあっす」
俺はトゥーレ、チンク、セッターという凸凹三人組と車座になって話をしている。
こいつらが勝手に話を広めまくったせいで、ギサール様はカヘナ・ヌオヴァの臨時市長に選ばれて防衛の任にあたることになった。
逃げ出したナジーカを官選知事とするならば、ギサール様は住民が選んだ代表ということになる。
臨時市長はフォースタウンから遠隔の地で長官が欠けた際に統治活動の空白を生まないための制度であり、完全に合法ということらしい。
そのあたりの複雑なシステムはいまいち理解できなかったが、とりあえずカヘナ・ヌオヴァの動揺は一旦鎮まった。
こういうことを言うとルッキズムとか言われちゃうけどさ、やっぱねえ、ギサール様は華があるんだよな。
ナジーカのようなふんぞり返ったおっさんが檄を飛ばすよりも、ギサール様が決意表明する方が話を聞こうって気になるのは仕方ない。
「僕は必ず皆さんを、この町を守ってみせます。だから、皆さんも大変だと思いますが、ご協力をお願いします」
こう呼びかけるだけで、海兵と志願兵に配るための一時金の原資が集まった。
やっぱり特別手当が出ると聞くとやる気が全然違う。
誰だってサービス残業なんかしたくはない。しかも、この仕事は命がけだ。
住民、特に女性からの支持を集め、海兵からも歓迎されてギサール様の人気はうなぎ登りである。
コーネリアス家という名前も有利に働いたし、ガジークの船団を撃破した腕前も信頼を集めるのに役立った。
そして、今はギサール様が町の有力者や長老と面談をしており、しばらく休憩しておいでよとお許しをもらってぶらついていたら、この3人組に捕まったというわけである。
トゥーレは頬に傷があるし、チンクは前歯が欠けていて、セッターは眼帯をしており、非常に迫力がある顔をしていた。
身の危険を感じたが、それは杞憂で、縁の欠けたコップに秘蔵の蒸留酒を御馳走になっている。
どうも俺はギサール様の副官ということになっているらしく、ギサール様への尊敬の念の数割ほどが俺にも向けられていた。
「コーイチさん、ああ、めんどくせえ、コーの兄貴でいいっすよね?」
実は兄弟である3人のうちの一番年長者であるトゥーレが聞いて来る。
「……ああ」
「んじゃ、お言葉に甘えて。コーの兄貴って大将の腹心ってやつなんすよね?」
大将? 話の流れ的にギサール様のことか。
「いや、まあ、そんな御大層なもんじゃねえと思うが」
「またまた~。だって、大将が連れてきた部下ってコーの兄貴だけじゃないっすか」
「こんな大事になっているとは思わなかったからな」
「そうなんすか。いやあ、でも大将が来てくれて助かったっすよ」
「いや、ほんとほんと」
「死なずに済むかもしれないって希望がでてきやしたからねえ」
それから3人は口々にいかに長官のナジーカが頼りなかったを語る。
さんざん貶した後にギサール様に話題が移った。
「それにひきかえ、大将は若いのに堂々としてまさあ。きっと、ガジークの連中と戦ったときも立派だったんでしょうねえ。一つ、そのときの様子をガツンと話しておくんなさいよ。俺たちで広めまさあ。それで士気もぐんと上がるってもんすよ」
「あのなあ。勝手にギサール様が防衛戦の指揮を取るって話を広めたのをアンドレに怒られたのを忘れたのか?」
「まあ、いいじゃないっすか。結果オーライってことで。で、大将はどんな感じだったんです?」
う、早速化けの皮が剥がれる質問がきたぜ。ま、ここは正直に話すしかねえよなあ。
嘘をつくならつき通せる状況じゃねえと後で自分の首がきゅうきゅう絞まる。
仕事をするようになって学んだから俺は知ってるんだ。
働くようになるまで知らなかったのかよという、セルフ突っ込みが胸に痛い。
「ああ、あのときはちょうどボートから乗り移るところでな。ギサール様と女性を優先してたら、横波を受けて海へドボン。だから、残念ながらほとんど活躍を見てねえんだ。情けね……」
「さすがっすね。コー兄貴はやっぱ俺らが見込んだとおり男っす」
「ぱねえっす」
「マジ痺れるっすねえ」
いやいや、今の話聞いていたか?
「そうか?」
「そうっすよ。海に落ちたら助からないことが多いすよ。ましてや戦闘中だ。それなのに女子供を優先する。マジモンの海の男でさあ」
「口では格好いいこと言っていてもなかなか実際にはできねえっすよ」
「こりゃ惚れるっすよ」
え、やっぱり俺狙われてる?
トゥーレが太い腕を組んだ。
「つーことはだ。ソフィア様の付き人はコー兄貴のスケってことだ。浮かれてる野郎どもに釘刺しとかねえとな」
「そうすね、兄貴。あいつら、死ぬかもしんねえから、その前にとか思ってるのもいるだろうね」
「まあ、そんな気持ちになるのも分からなくは……、イテえ!」
セッターは兄2人に拳骨を落とされる。
「我が弟ながらふてえ野郎だ」
「調子こいてんじゃねえぞ」
「いやいや、まてよ。それぐらいイイ女ってだけで、何かしようなんて気はこれっぽっちもねえって」
「本当だろうな」
凄んでから両の拳を船板についてトゥーレが頭を下げた。
「コー兄貴。この馬鹿のことは勘弁してやってくだせえ」
「ああ、うん」
「さすが海のように心が広いぜ。よし、姐さんたちに手荒なことをする阿呆が出る前に、ナシをつけに行くぞ」
「ということで兄貴、失礼します」
「ホント、兄貴の女にちょっかい出す気はなかったんで許してくだせえ」
三兄弟が立ちあがり、どたどたと騒がしく去っていく。
俺は貯めていた息を吐き出すと、コップの酒を一気にあおり、そして激しく咽せた。
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