第44話 面談

 軍港の一画にある司令部で海軍の指揮官アンドレと面会する。

 俺より十歳ほど年長そうに見えるアンドレはギサール様の手を握らんばかりにして訪問を喜んだ。

 良く日焼けした皺の多い顔を綻ばせる。


「先般ガジークの侵犯の際にはギサール様、ソフィア様に撃破頂きありがとうございました。もう、ご存じかと思いますが、恥ずかしながらあの時海軍は船を出せる状況にはなかったのです」

 かなり年下のギサール様たちに対して丁寧な態度を崩さなかった。


 コーネリアス家に対して遠慮しているというよりも純粋にギサール様たちに敬意を表しているように見える。

 ソフィア様はギサール様に会話を任せるつもりらしく、優雅な微笑みを浮かべるだけでギサール様が応答した。


「その件はもういいでしょう。それよりも未来のことを考えなくては。それで現在の状況は?」

「良くないです。住民の不安と疑心暗鬼がかなり大きくなっていまして、船を出そうとしたら自分たちだけで逃げるのではないかと暴動が起きかねません」


 俺はアンドレに対する評価を試みる。

 現状を取り繕うことなくマイナスなことも上に正直に報告できる点は下級管理職として信用できる。

 ギサール様は正確には上司ではないがまあそういうことにしておいていいだろう。


 信用できる一方で、海軍という組織を越えてのトップとしてのカリスマ性はないことも示していた。

 この危機下でも俺に任せろという安心感がない。

 それは本人もよく自覚しているようだった。


「海兵600は何とかまとめられると思います。しかし、軍団に換算すればせいぜい1大隊規模。それに海軍は格下に見られていますからな。住民が動揺するのも無理はないでしょう。私の器量不足もあるのでしょうが」

 苦笑しつつも申し訳なさそうな顔をするという意外と器用なことをする。


「長官殿の私兵は?」

「まるで役には立たないでしょう。規模も数十人程度です。期待されない方がいいかと存じます」

「他の地域の状況は何か入っている?」

「海軍本部とは通信瓶を使って連絡を試みましたが、瓶の転移に失敗しました」


 ソフィア様は息を飲んだ。

 通信瓶というのは専用の容器に紙を詰め、俺たちがアイラ島に来たときのように予め用意した魔方陣間でやり取りする。

 人と異なりサイズが小さい上に生き物ではないため、人の転移に比べると格段に簡単な魔法であった。

 とはいえ、もちろん俺は習得してないけどな。


 送れなかったということは、先方の魔方陣が失われたという可能性が高い。

「うちの海兵で一番魔法が得意なやつに魔方陣を使わずに瓶を送らせましたが、まだ返事はありません。まあ、噂話が本当なら海軍本部のある都市はすぐ近くに魔導銀鉱山があるので……」

「フォースタウンの情報は?」


 俺がくちばしを突っ込むとアンドレは肩をすくめる。

「うちはフォースタウンに直接連絡するルートがないんですよ。第8軍団にいるやつに聞いた話でよければお答えできます」

「教えてくれ」


「各軍団基地に集結し半数は基地の防衛、半数はフォースタウンへ向かえとのことらしいです。なので、駐留していた2個大隊がここを去って近くの基地に向かってます。半数を寄越せというのは無茶な話だ。それだけ切迫した事態なんでしょう」

 ギサール様は表面上は何も感情を示すことなく話を続けた。

「それでアンドレ隊長は今後どうすべきだとおもいますか?」

 アンドレは困った顔をする。


「実はお手上げです。海兵だけでは人数が少なすぎます。モンスターの群れがやってきたら戦いはしますが町を守りきれないでしょう」

 ギサール様は笑みを浮かべた。

「随分と正直な意見だね。軍の中では浮いているんじゃないかい?」

「黒を白と言ったところで白くなるわけじゃないですからな」


「そういうところ僕は評価するよ。コーイチとも波長が合いそうだ。それでどうして守りきれないのに逃げ出さないの?」

「逃げるにしても一体どこへ? たぶん安全な場所なんてないでしょう。それに海兵連中はここに馴染みのお……、あ、知り合いも多いんで見捨てて逃げるわけにもいきません」


「それでお手上げなんですね」

「長官殿にもうちょっと人望があれば、住民の協力を得てもう少し防衛体制を整えられるんですがね」

 そこへ数人の海兵がやってくる。


「隊長、てえへんだ。あのクソ長官、自分たちだけで逃げ出しやがった。俺たちも身の振り方……」

 ソフィア様を庇うように立つラシスとナトフィをジロジロと見た。

「こんなすげえ別嬪さん見たことねえ」

「まぶいスケっすね」

「隊長いつの間にこんなどえらい愛人を。あ、隊長も自分だけで」


「んなわけねえだろ。このアホタレども。空っぽの頭吹っ飛ばされる前に行儀よくしろい」

 アンドレの雰囲気と口調がガラリと変わる。

 海兵連中は首をすくめた。


「へい。だけど、どちらさんかぐらい教えてくれても罰は当たらねえと思うんでやすが」

「じゃあ、耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ。ガジークの抜け作ども沈めたギサール様と姉のソフィア様だ。ふざけた真似してるとフカの餌にされちまうぞ」

 むくつけき男たちは慌てふためく。


「そいつはとんでもねえ真似を」

「勘弁してくだせえ」

「お助け!」

 しゅんとしていたが一人が恐る恐る尋ねてきた。


「今日、お出でなすったのは、今度は化け物どもをやっつけるためっすか?」

 返事を待たずに海兵は勝手に喜色を取り戻す。

「こうしちゃいられねえ」

「これで勝つる」

「急いでみんなに知らせなくっちゃ」

 入って来たときと同様に賑やかに出ていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る