第43話 うわさ話
青の洞窟観光のときにも使った快速船は飛ぶように海の上を走る。
ほとんど荷物も載せず、ひたすらスピードを出すことを目的に設計されているうえに、帆船の弱点である風向き次第という点を魔法で解消していた。
当然このタイプの船はお高いのであるが、コーネリアス家は自前のものを所有している。
カヘナ・ヌオヴァとポートカディラを結ぶ連絡船が3時間程度かかるところを、その3分の1以下の時間で到着するらしい。
船の上で俺はギサール様が魔法で風を操るさまを見学していた。
本来なら専属の風詠みと呼ばれる船員がいるのだが、ガジークの襲撃のさいに力を使い切って未だ回復していない。
ソフィア様いわく本職よりもギサール様の方が効率がいいとのことである。
贔屓目が含まれているので割り引く必要がありそうだが、実際のところ、船は素晴らしいスピードで疾走していた。
カヘナ・ヌオヴァの町をめぐる城壁がどんどん大きくなっていく。
セーリングを楽しんでいるうちに快速船は商業港に接岸した。
カヘナ・ヌオヴァには別に海軍が駐留している軍用港がある。
海上から見る限りは大型の帆船が6隻ほど係留されているのが見えた。
少なくとも何らかの理由で船が沈んだとかいうことではなさそうである。
ただ、帆船の上には常に人がいるというのが俺のイメージだったが、軍船に人影は見えなかった。
上陸してみると港には妙にそわそわして所在なげな人が多い。
その中の一人に俺が話しかけると事情が知れた。
「各地にあった魔導銀の鉱山、そこから物凄い数のモンスターが湧きだしてきたとのことです。しかも、今までも見たことのないような姿かたちをしているそうで。まあ、この町の周辺には主要な鉱山はないんですがね。ただ、駐留していた第8軍の正規軍がフォースタウン方面へ移動を命令されたという話です」
「じゃあ、今この町を守っているのは?」
「長官の私兵と海兵だけです。それで、カヘナ・ヌオヴァから4日ほどの森にモンスターが集結しているというもっぱらの噂なんですよ。その数なんと数千とか。守備兵は合わせても数百人。城壁があるから大丈夫と思うのですが……」
なるほどな。
この町も不安だが、どこが安全かも分からない。
そもそも船も出ないし、という八方塞がりな状況なのか。
これはバカンスどころじゃないらしい。
俺は話をしてくれた男に礼を言って、ギサール様のところに戻り報告した。
ギサール様とソフィア様の顔が曇る。
「父上と兄上は無事だろうか?」
マガラリア帝国の首都フォースタウンには城壁がない。
平和を謳歌する中、拡張する市街地に飲み込まれる形であちこちを寸断して町が広がっていた。
「ギサール。大丈夫よ。父上も兄上も魔物の群れごときに遅れを取らないわ」
「でも、魔導銀の鉱山が失われたとすると魔力の供給がいずれ足りなくなるかもしれない」
「我が家には相当量のストックがあるわ。それよりも私たちの身の心配をしましょう」
そういうことか。
ようやく、アイラ島へ転移してくるときに見せたオイゲン様の表情とスティーヴン様の態度の謎が解けた。
あれは今生の別れかもしれないということだったんだな。
魔導銀の値上がりは突如現れたモンスターによる採掘の困難化によるもので、なんとか掃討しようとしていたが、爆発的に増えられて手に負えなくなったというところだろう。
コーネリアス家は国政の中枢に参加しているから当然そのことを知っていた。
高貴なるものの務めがあるから自分達だけ身の安全を図るわけにはいかない。
でも、年端もいかない息子と娘まで巻き込むのは忍びなかったんだろうな。
折よくグランドツアーのタイミングであり、バカンスの季節だったから、ギサール様とソフィア様だけは逃れられるようにした。
アイラ島は本土から20キロメートルほど離れており、面積も大きく耕作地もある。
モンスターの群れが溢れたとしてもここならしばらく生き延びられると判断したってところか。
アイラ島に別荘を確保したのが半年前。
そのときから密かに計画を進めていたに違いない。
オイゲン様もスティーヴン様も自分たちの安全を確保しようと思えばできた。
それなのに自らは義務を優先したのか……。
その判断がギサール様を苦しめることになるかもしれないのを百も承知で。
自慢の息子にもう二度と会えなくなるかもしれないのに。
なんだよ。
そんなの何を選んだって後悔するやつじゃねえか。
俺の胸のうちに何かいいようのないものが満ちる。
目頭が熱くなった。
俺はそうまでして守ろうとしたギサール様の未来を託されたことになる。
マジかあ。
そんな重いもん俺なんぞに預けるなよ。
こちとら、なんの取り柄もない三十路のおっさん社畜だぞ。
責任放り出して逃げても知らねえからな。
「コーイチ。どうしたの?」
ギサール様の言葉に我に返ると頬が濡れていた。
下を向いて袖で目の周りを拭う。
大きく深呼吸をした。
顔を上げて笑いを浮かべる。
「睫毛が折れて刺さったみたいです。無駄に長いんで。まあ、ギサール様には敵いませんけど。あはは」
「こんなときに何やってんのよ。モンスターの大群が今すぐ攻めて来るかもしれないのに。しっかりしなさい」
「はい。本当にすいません」
こちらの世界に来たときにモンスターに襲われた恐怖が蘇った。
あんなのが数千匹もいるだと。
死ぬほど怖えーよ。
でも、逃げられねえ。
この信頼を裏切ったら俺はもう顔を上げて生きていけない。
俺は下腹にぐっと力をこめる。
「とりあえず、海軍の指揮官に面会を申し入れましょう。詳しい情報がわかるかもしれません」
俺はその声が震えていないことに満足感を覚えていた。
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