第42話 異変の兆し

 俺が浮遊の魔法に成功した翌日、朝食後に話があるというので、サロンでお茶をする。

 今日は天候が回復し窓から見える庭の草木についた雫がキラキラ輝いていた。

 他の人のお茶請けは薄い焼き菓子だが、俺だけは刻んだ海藻である。

 別に俺へのいじめというわけではない。


 俺の体が最大でどれくらい魔力を生成できるのか知りたいというギサール様のリクエストで、昨夜から毎食必ず海藻を食べることになっていた。

 お陰で食品別魔力生成量を調べる研究の被験者は哀れな2人の役目となっている。

 頼むから俺を怨まないでくれ。


 ギサール様から天候が回復したのでカヘナ・ヌオヴァへ出かけたいということが提案される。

 観光目的もあったが、それとは別に大切な用事もあった。

 先日のガジークの襲撃の際に帝国海軍が出動しなかったことをギサール様が気にしている。


 ギサール様の活躍により撃破したことへの美辞麗句を連ねた感謝状は届いたが、理由を尋ねた書簡への返事がない。

 卒業証書のように立派な革装丁の感謝状をギサール様は弄ぶ。

 対角線上の頂点を指で押さえ器用にクルクルと回した。


「こんなものよりも質問の回答が欲しかったんだけどなあ」

「問いかけに回答しないなんて非礼にも程があります。ギサールの活躍がなければどうなっていたか考えればそんな真似ができるはずもないでしょうに」

 ソフィア様はプンスコしている。

 両手を握りしめているのは手紙の相手ののど首を締め上げているつもりかもしれない。


 相変わらずの弟ラブっぷりが激しかった。

 ラシスとナトフィは真顔を保って沈黙を保っている。

 ひょっとするとラブラブの波動を至近距離で浴びて目を開けたまま失神しているのかもしれない。

 それらの様子を生暖かい目で眺めていたら俺に矛先が向いた。


「コーイチ。あなたの主が侮辱されているのですよ。ひと言あってもいいかと思いますが何も言わないのですか?」

 姉弟の会話に割り込んだら叱られると思って黙っていたんですけど。

 俺の無言の想いを汲んだのかギサール様が俺を振り返る。


「ねえ、コーイチ。これ、どう思う?」

「このような無礼は許せません。俺が司令官の素っ首刎ねてやりましょう」

 ソフィア様がよくぞ言ったというように満足そうな顔になった。

 まずい。

 ジョークが通じないよ、この人。

 今すぐこの場から行ってきなさいとか言いかねない。

 俺は慌てて言葉を続ける。


「と言いたいところですが、何か事情があるのかも知れないですね」

 ソフィア様より早くギサール様が質問した。

「どういうこと?」

 そう言いながら目がキランと光っている気がする。

 この調子だと俺と同じ結論に達しているようだ。


「出動すべき海軍が動けないほどの事態が起きているんだけど、その中身を手紙に書くことすら憚られるとかですかね。市中に広まったら騒乱が起きるレベルのことが発生しているのかも」

「そんな緊急事態ならなんで感謝状が出せるの? それどころじゃないでしょう?」


「ソフィア様。感謝状を出すのは手順が定まっているから簡単です。それに定型業務をするとなんとなく事態改善に動いている気がして安心できるんですよ」

「なんか実感がこもってるね」

「まあ、以前働いていたときに何度かヤバい事故は起きているんで」


 ギサール様は前に向き直る。

「ということで、状況を探りに直接行ってみようと思うんだ。大事件が起きているなら解決に手を貸してあげるべきだし、何もないなら、それはそれで安心できる」

「じゃあ、私も行くわ」

 ソフィア様がすかさず宣言した。


「お姉ちゃんはちょっと……」

「何よ。私を邪魔者扱いするの?」

「事件だったら危ないと思うんだよね。それに海軍ってあまりお行儀がよくないって話だからさ」

「私がその辺の有象無象に遅れをとると思ってるの?」


「そうだけどさ。ほとんど裸同然の格好でウロチョロしているのがいるんだけど気にならない?」

「平気よ」

 そうは言うもののちょっと目が泳いでいる。


 そりゃ、花も恥じらう乙女が、半裸のむさ苦しい男どもを見る機会なんてないだろうしな。

「そういうものは先日見てますから」

 ソフィア様の視線が俺に向けられた。

 今日は被弾が多いな。


「コーイチなんかとは比べものにならないほど薄汚れてると思うけどな。じゃあ、ラシスとナトフィもよろしくね」

「畏まりました」

「ギサール、私の従者に勝手に頼まないで。私がコーイチに直接命令してもいいの?」


「僕のいる場なら構わないよ。命令じゃなくてお願いならね」

 ギサール様が振り返る。

「コーイチ、いいでしょ?」

 自害しろ、とかいうんじゃなければウェルカムです。

「はい」


「だって。コーイチはね、結構頼りになるんだよ」

「そう。覚えておくわ。じゃあ、そろそろ支度をしましょ」

 一旦解散になり、俺はギサール様についていく。

「やっぱり、姉は残った方がいいと思うんだよね。まあ、仕方ないか」


 それは性的に危ないということですか?

 そういうことを話題にしてもいいのかと逡巡する。

「ああ。コーイチ。変に気を遣ってるみたいだけど、僕も一応そっち方面のことは教えられてるからね。馬鹿なことすると大問題になるからきちんと知識だけは叩きこまれてるよ」


「ああ、そうなんですか。ソフィア様はとても美しくていらっしゃいますから、不埒なことを考えるのもいるかもしれませんね。気を付けた方がいいな」

「それを言ったら、コーイチも危ないかもよ。なにしろ海兵は男ばかりだから……」

 はい?

 最後は口を濁すが、その意図することを理解して俺はケツがむずがゆくなった。


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