第41話 浮遊の魔法
食材研究のせいで俺の魔力が余っているので浮遊の魔法を使ってみたいとギサール様におねだりしてみる。
「じゃあ、やってみようか。でも、ちょっと難しいよ。なかなかこれは理屈が理解しにくいんだ。そこが理解できないと習得できないからね。まあ、飛行と違って失敗しても大怪我はしないけど」
ギサール様に頼んでみたものの、難しいと言われてちょっと自信がなくなった。
「まず、二つのものは引きあうんだ。それで大きなものほど強い力で引き合っている。実はこの大地というのは大きな球で、だから僕らは普段は大地にくっついているんだ。こうやってジャンプしてもね」
ギサール様は軽やかに床を蹴り着地してみせる。
「それって、引力とか重力の話ですか?」
「え?」
ギサール様は驚いた顔で俺の顔を見た。
にんまりとした笑みが大きくなる。
「なんだ。さすがコーイチだね。魔法のことを知らないという割には原理のことは知ってるんだもん。本当にチグハグだけど、それなら話は早いや。それで、例えばコーイチは太陽からも引っ張られているっていうのも知ってる?」
「一応は。確か、その力は距離の二乗に反比例するはず」
ギサール様は目を見開いた。
「凄いねえ。じゃあ、大地とコーイチと太陽の関係をイメージすることができるよね」
「まあ、俺は見えないほど小さいですけど」
「それができれば浮遊の魔法はできたも同然だよ。大地が引く力と太陽が引く力が等しくなるようにすれば体は宙に浮くんだ。だから、浮遊の魔法は昼間にしか使えないんだけどね。浮きさえすれば、弱い力でも一度動き始めたらずっと」
「その方向に動き続ける。運動の第1法則ですね」
俺の言葉に拍手が返ってくる。
なんか学校で習ったことばかりで、そんなに褒められることじゃない気がするが、教育レベルが違い過ぎるんだろうな。
日本の教科書は優れていると聞くけど、その効能をまじまじと実感した。
まあ、卒業して何年も経つのに俺がまだ学校で習った物理を覚えているのには別の理由がある。
俺の学校の物理の先生は教員免許をとったばかりの若い女性だった。
ぷっくりした唇がとてもセクシーだったのを今でも覚えている。
で、その先生の覚えをめでたくしようとして、公一少年は珍しく真面目に勉強したのであった。
やはり、スケベ心はすべてを解決する。
しかし、重力を制御するとか魔法はすげえな。宇宙に進出できそう。
あ、でもあれか。
太陽と惑星という単純化したモデルだから、そう上手くもいかないか。
とりあえず、目の前の課題に取り組もう。
開けた場所の方がいいということで、別荘で一番広い玄関ロビーに移動する。
たまたま途中でソフィア様一行と出会った。
「ギサール。何をしているの?」
「これから、コーイチが浮遊の魔法を試してみるんだよ」
「冗談でしょ。他の簡単なものとはわけが違うんだから」
「論より証拠だよ。そう思うのなら見学したら」
「それは面白そうね。蛙のようにぴょんぴょん跳ねるのが見られるだけだと思うけど、付き合ってあげるわ」
ロビーに到着するとギサール様が少し考えて2つの数値を俺に告げる。
大地からの干渉を弱めるものと、太陽からの影響を強めるためのものだった。
浮遊の魔法を使用するための呪文の大部分は暗記しているので、この数字を途中に当てはめることになる。
頭の中で惑星と太陽の位置関係を表す図式をイメージした。
相対的な位置関係を念頭に置きつつ、惑星上の一点にズームするように寄っていく。
そこには俺が立っていて……。
口から浮遊の魔法の呪文を紡ぎ出した。
トンと前方に向かって床を蹴るとほんのわずかに惑星側の引力を強め、すぐに元に戻してやる。
斜め上に浮き上がるところを、力の合成により俺の体は床上数センチのところを床と平行にふよふよと進んでいった。
今までに感じたことのない速さで魔力が消費されていく感じがする。
5メートルほど進んだところで魔法解除のための単音節を発した。
ガクンと急に重力が戻ってきて着地のさいにたたらを踏んだが転倒はせずに済む。
俺のすぐ横を浮かんで進んでいたギサール様が優雅に着地して俺の手を取った。
「凄い、凄いよ。本当にコーイチは覚えがいいね。一発で成功するなんて」
まだ実感がわかずにぼーっとしている俺よりもはしゃいでいる。
ソフィア様とラシス、ナトフィも唖然とした顔をしていた。
そんなに驚くことなのかな。
俺以外の4人はすでに浮遊の魔法は使えたんだし、やっと俺が追いついたというだけなんだけど。
「ギサール」
声をかけるソフィア様の声が少し緊張をはらんでいる。
「本当に初見でここまでやったのなら大したものだわ。でも、高度な魔法はあなたも知ってのとおり危険よ。失敗したときに大怪我をしないようによく言い聞かせることね」
それだけ言うとソフィア様はロビーから立ち去った。
引き連れられているラシスは信じられないというように首を横に振り、ナトフィは俺に向かって小さく手を振る。
ようやく浮遊の魔法に成功したという実感が湧いてきた俺はガッツポーズを取った。
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