第40話 食えない海藻

 浜遊びから帰ってきて2日はこの地方では珍しく天候が荒れ模様だったので屋内で過ごす。

 ギサール様の手にかかれば、日よけと同様に雨傘のようなものを頭上に展開することもできるのだが、無理してでかけることもないと大人しくしていた。


 どうせ家にいるのだから、偏食でも問題ないと3食全てで、ギサール様の研究に付き合うことにする。

 食べるもので魔力回復量がどれほど変わるかという研究内容を聞いたソフィア様は、ギサール様の着眼点の良さを褒めた。


「確かに魔導銀の価格が上昇しているものね。いい研究だと思うわ」

「コーイチが話してくれたことで閃いたんだけどね」

「……そう。でも、それを研究してまとめようとしたことが大事なのよ。思いつくなら誰にでもできるわ」


 ギサール様ラブなので当然褒めるとは思っていたが、その研究に俺が体を張って協力しているということを知ったときにはソフィア様は予想外の反応を見せる。

 そんなのは従者として当然よ、と言うかと思っていたら実際にはこんな発言だった。

「少しは自覚がでてきたじゃない。ギサールのためにしっかりやりなさい」


 どうも、ごくごく微量だが、俺の評価が向上したらしい。

 さらに、そういうことなら被験者は多い方がいいということで、ソフィア様も参加すると言い出した。

 魔導銀を使い始めているソフィア様であるが、それでもまだ日が浅いので、本人の魔力総量はかなりのものが残っている。


 ギサール様に説得されてしぶしぶ諦めたのはいいのだが、ラシスとナトフィにもギサールに協力するように命じた。

 二人はそれなりに魔法が使えるが魔導銀を常用しているので体内の魔力残量を使い切るのは比較的容易である。


 3食偏ったものを食べる羽目になってラシスとナトフィは恨めしそうな顔をしていた。

 もちろん、そんな顔をソフィア様に向けるわけにはいかない。

 悪感情が向かうのは当然のことながら俺である。


 流れ弾を食らったような二人に同情するところもなくはなかったので、今度機会があるときに好きなものを御馳走すると懐柔を試みた。

 食べ物の恨みは食べ物で、と思っただけだが、口に出してから俺なんぞと食事するのは代償になりえないと気づいても後の祭りである。


「仕方ないわね。それで手を打ってあげるわ」

「何でもいいんですね。約束ですよ」

 2人の反応に温度差はあるものの、了承が得られたことに俺は驚いた。

 まあ、少しでも印象がいいに越したことはない。


 そして、この2日間の実証実験のうちの1回で驚きの事実が判明する。

 俺の魔力量が飛躍的に増えたのが海藻によるものなのかどうかを確認したいとギサール様が言いだして、粥と一緒に海藻を食べた。

 ちなみに、この海藻は浜遊びのついでに採ってきたものである。

 ラシスとナトフィからは滅茶苦茶恨みの視線を向けられることになった。


 それで、その結果だが俺は魔力が凄く増えたのに反して、2人は粥を食べたとき程度の魔力しか増えずに終わる。

 その後の追跡調査によって、2人は海藻を消化できず、魔力を取り込むことができなかったのだろうという結論に達した。


 この発見にギサール様とソフィア様が議論を戦わせる。

「こんなの変じゃない。他の食材ではラシスとナトフィの方が魔力生成量がわずかとはいえ多かったのよ」

「お姉ちゃん。牛の乳を飲んでお腹を壊す人がいるって話を聞いたことがあるでしょ。あれと同じじゃないかな」


「なるほど。確かに海藻なんて変なものを食べて平気な方が不思議なくらいだものね。あなた達、お腹が緩くなったりした?」

 尋ねられた二人は顔を赤くした。

 そりゃまあねえ。

 俺やギサール様のいるところでアレが柔らかかったとか報告できないもんな。

 お食事中だったりしたらブーイングだよ。本当にすいません。


「あ、ちょっと今のはデリカシーがなかったわね。でも、もう聞いちゃったから返事をして」

「コーイチ。ちょっと僕らは席を外そうか」

 さすがギサール様は気を利かせた。


 ついでに気分が良くなるハーブティを頼み、俺がそれを持って部屋に戻る。

 ラシスとナトフィは穴があったら入りたそうな顔をしていた。

 俺がハーブティを全員分注いで提供する。

 それが終わるのを待ってからソフィア様が俺に質した。


「コーイチ。あなたは海藻を食べてなんともないの?」

 今日も立派なブツが出ましたと報告した方がいいのだろうか?

 馬鹿なことを考えたが、誰も得をしないので言うのをやめた。

「まあ、以前から食べてますからね。なんていうか、地域の特産品みたいな感じです」


「コーイチがいた場所では普通に食べていたんだ?」

「ええ。人にもよると思いますけど、加工したものは毎日食べている人もいたでしょう。ちなみに割と重量当たりの値段は高いんですよ」

 俺が食べていた海苔も1帖で600円もしたからなあ。

 あー、海苔食いたいな。海苔の佃煮でもいいや。


 脳内で炊き立てご飯を想像している間にも議論は続いていた。

「魅力的な魔力回復量だけどね。取り出せないんじゃ有効活用は難しいかなあ」

「魔導銀が使えればリチャージできるんだけど」

「お姉ちゃん。それじゃ本末転倒だよ。魔導銀が使えない場合ってのが研究の出発点なんだから」

「それじゃあ、残念だけど、海藻はコーイチ専用ってことになりそうね」


 そうか。

 海藻は俺専用の魔力回復食材なのか。

 たぶん俺だけってことはなくて日本人なら誰でも大丈夫そうだけどな。

 泳ぎの件といい、海藻を食えることといい、俺は日本で育ったことが意外とアドバンテージになっていることに感謝をした。


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