第38話 衝撃
「昨日も言ったけどさ。僕はコーイチにはもっと相応しい相手と交際してほしいと思ってるよ」
きっぱりはっきりとなんの曇りもない目で言われてしまう。
俺は相変わらず気のない返事を返すことしかできない。
「はあ。お気持ちはありがたいのですが……」
「兄がいるから僕はいずれコーネリアス家を出ていくことになる。分家を立てるという形になるかもしれないけどね。いずれにしても僕はできる限りのことをして身を立てるつもりだ。そのときもコーイチには僕を支えて欲しいんだよ」
「その点については、俺でいいのかという疑問はありますが、ギサール様にお仕えするのに何の不満もないです」
「嬉しいよ。ありがとう」
海面に太陽が反射して光の粒が浮かぶ。
キラキラとした光に包まれて喜びを表すご尊顔が眩しかった。
「俺でいいのか、という部分も真剣に考えた方がいいと思いますけどね」
「うん。もちろん真剣に考えた結果だよ」
「そこも詳しく伺いたいところですが、今は私の交際相手の話がそれとどうつながるのかお聞きしてもいいですか?」
「僕はコーイチを評価しているけど、世間の人に納得させるのはそう簡単じゃない。残念だけど、この世界ではコーイチは地縁も血縁もないからね。となると大事なのは姻戚関係だよ。貴族の地位か莫大な財産を持っている人と一緒になって欲しいんだ」
お、おう。
公式には身分がないことになっている平等主義社会からやってきた俺には俄に首肯しがたいご意見ですな。
まあ、でも、あれか。
俺が勤めていた会社でも創業者一族の娘婿になった顔だけがいい兄ちゃんがいきなり部長になってたりするからな。
日本でもそういう面がゼロではなかったか。
「そういうのは成り上がり者って軽蔑されたりしませんか?」
「大丈夫だよ。実力が伴わなければそういう評価になるかもしれないけどさ。コーイチがちゃんと実績を積めば問題ない。あくまで奥さんのコネは世に出るきっかけだったと知らしめればいいんだよ」
問題しかないと思いますが……。
「だんだん疑問が大きくなってきましたけど、話がずれるので一点に絞りますね。そういうギサール様が俺に相応しいと思うような女性が俺と結婚したいと思う理由が思いいたらないんですけど。実現可能性という意味で無理がありませんか?」
ギサール様は不思議そうな顔をする。
「あ、そうか。コーイチは上流社会の具体的な実情はまだ知らないか。ほら、貴族の地位はあるけど父親が散財しちゃって経済的に困窮している家ならいくつか候補があるよ。裕福な商家なら僕とつながりを求めて娘を売り込んできそうなやり手もいるし。コーイチが気にしないなら、地位もあって裕福だけどちょっと婚期を逸しちゃった娘さんというのもある」
「参考までに聞きたいんですけど、すでに俺の嫁さん候補のリストとかできていたりします?」
「もちろん、作ってあるよ。まあ、僕が魔法学院を卒業して社会に出るまでには時間があるから仮のリストだけど」
何それ怖い。
ここまで用意周到だと何かの罠じゃないかと疑いたくなってきてしまう。
けど、逆に手間暇かけて俺のことを罠にかけるメリットというのがないんだよなあ。
「それに、僕が変に気を回すまでもなく、コーイチが才能を発揮して自力で偉くなることもあるかもしれないしね」
「それだけはないかと思いますけど」
「そう、そう、それだよ。コーイチが惜しいのはその自信のなさなんだよね。もうちょっと胸を張ってもいいと思うけど」
「ぶっちゃけ、俺が自信を持てる要素って何かあります?」
「頭もいいし、僕の気づかない角度からものが見れるよね。それに、魔法だって凄い勢いで習得してるでしょ。魔力の量が課題だったけど、海藻で解決しそうだし。キングクラブに襲われて撃退できる勇気もあるじゃない」
なんかいいとこどりなだけもするけど、ギサール様に言われると自分がひとかどの人物のような気がしてくるから不思議だぜ。
いやいや、自惚れは身を滅ぼすもとだ。
「そうですかねえ」
「相変わらずの態度だね。そうだなあ」
ギサール様は悪い笑みを浮かべる。
「ねえ、コーイチ。前に姉の外見が綺麗だとか言っていたよね?」
急にソフィア様の名前を出されたことに俺は身構えてしまった。
「ええ。そんなことは言いましたね。いや、客観的な事実として言っただけですよ。俺がソフィア様のことをどうとか思って……」
「コーイチが頑張れば、姉と結婚できる道だって無いわけじゃないんだよ」
「はい?」
姉をそういう目で見るのはやめた方がいいと注意されるのかと思ったら、なんかとんでもない方向に話が進んでいくじゃないか。
「僕が言うとあれだけど、姉って性格がきついでしょ。そして世の中の男の人のことを見下しているじゃない? このままだと嫁の貰い手がいないんじゃないかと心配なんだよね」
いやあ、身近に超優良な比較対象がいますからね。
その本人に言われちゃうとかソフィア様もちょっと不憫かもな。
というか、ギサール様はソフィア様のちょっと歪な愛を気付いていらっしゃらない?
「コーイチが物好きにも姉のことが好きだっていうなら、僕は応援するよ。まあ、一緒になるっていうなら、父に認めてもらうためにもコーイチに頑張って出世してもらわなきゃいけないけど」
さらりととんでもないことを言いだすギサール様は相変わらず天使のような笑みを浮かべているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます