第37話 接戦の結果

 気を取り直して、球技を再開する。

 ラシスからの圧が凄かった。

 ワンサイドゲームでは面白くないから接戦に持ち込むわよ、という意思がひしひしと伝わってくる。

 接待ゴルフならぬ接待ビーチバレーも大変だなあ。


 ラシスの方が従者でも先輩格らしく、ナトフィに発破をかけまくっていた。

 その様子をぼーっと見ている俺にラシスが近づいてきてささやく。

「あなたも真面目にやりなさい。さっきのことは忘れてあげるから」

「はあ」


 まあ、俺にはそこまで真剣にやる理由はないのだが、ギサール様と対峙する以上は真剣にやらなければ失礼というものだろう。

 それに、そもそも人間はホモ・ルーデンスである。

 遊びは真剣にやるもんだぜ。


 身体能力に優れるギサール様とソフィア様に対するにはチームワークしかない。

 俺とラシス、ナトフィにはなぞの一体感が生まれた。

 ギサール様の鋭いスパイクを俺が受ける。

 ひっくり返りながらもふわっと上がったボールをラシスが軌道修正し、ナトフィが打ち返した。

 相手コートにボールが落ちる。


「やった」

「いえーい」

 砂まみれになりながら立ち上がった俺とラシス、ナトフィは環になってハイタッチをした。

 

 我に返ったような表情になるラシスは一瞬目を逸らすが、表情を引き締める。

「今のはいい感じだったわ。この調子で頑張るわよ」

 向こうのコートに目をやれば、タッチの差でボールに手が届かなかったソフィア様の健闘をギサール様が称えていた。

 むすっとしていたソフィア様の表情が緩む。


 そこからは一進一退の攻防が続いた。

 シーソーゲームになって増々白熱する。

 地面に倒れ汗で張り付いた砂まみれになりながら、大声で指示を出し合って夢中でボールを追いかけた。


 最終的にはギサール様とソフィア様のチームが逃げ切って勝利する。

 俺たちの即席のチームワークはあと一歩、二人の運動神経に及ばなかった。

 最後の方は接待ということを忘れてガチで勝ちにいっていただけに悔しい。

 それでも何かをやり遂げたという達成感は俺の胸を満たしている。

 その充足感はラシスとナトフィも一緒らしく、汗で光る顔を輝かせながら、俺を労ってくれた。


 向こうのコートではソフィア様がギサール様の頭を胸に抱え込んで勝利の喜びを爆発させている。

 どさくさに紛れてちょっとアブナイ欲望を満たしているのか、素で嬉しいだけなのかは判別できないが、先ほどのおどろおどろしい闇はすっかり消えていた。

 全身砂だらけになっているが、顔には今まで見たことがないような年齢相応の素直な感情が表れている。

 いやあ、良かった良かった。


 興奮が収まると、女性陣は身体も手で払い始める。

 体に張り付いた砂が気持ち悪いらしい。

 服の中にも入ってしまったようで身をよじっていた。

 ソフィア様が二人に声をかける。


「海の中で砂を流すわ。ついてきて」

 二人を引き連れて海の中に入っていく。

 俺の方へとギサール様が近づいてきた笑った。

「コーイチも砂を流した方がいいね」

 そう言うギサール様はひざ下ぐらいにしか砂がついていない。


 女性陣とは離れた方向へギサール様は俺を誘導する。

 どんどん深い方へと進んでいき、俺の胸ぐらいまで海面がくるところに到達した。

 水平距離としてもソフィア様たちからはかなり離れている。

 ギサール様はゆらゆらと立ち泳ぎをしながら俺に笑いかけてきた。


「ここなら服を引っ張って中の砂を出しても見られないよ。コーイチ、結構ひっくり返っていたからだいぶ入っちゃったでしょ」

「ギサール様がいますけど」

「やだなあ。浴室に一緒に入ったんだし、もう気にする間柄でもないじゃない」


 それはそうなんですけどね。

 俺もギサール様の慎ましいアレは見てますから。

 不快感が上回ったので紐をほどいて、生地を引っ張り手を突っ込んで服の中の砂を排出した。


「どうなるかと思ったけど、盛り上がって良かったね。コーイチもラシスたちと少しは打ち解けたようだし」

 そんなことをギサール様は言う。

 どうしようかなと思ったが疑問をぶつけることにした。


「そう言うギサール様が盛り上がるように演出したんじゃないですか?」

「え? なんのこと?」

 純真無垢な笑顔を向けてくるが俺は騙されませんからね。

「ギサール様のスパイク、一見強烈な感じで打ち込んできてましたけど、俺の体の正面をめがけて打ってましたよね。だから、勢いで俺はひっくり返りましたけど、なんとか拾えていた」


「なんのことか僕分からないや」

 とぼけてみせているが、本気で否定する気はないらしい。

「お陰様で、折角の浜遊びが嫌な思い出にならないですみました」

「まあね。僕も楽しかったよ」


 ギサール様は片手を伸ばしてくると俺の頬を触る。

「ほっぺにも砂がついていたよ」

「言えば自分で取れます」

「いいじゃんか。別に」


 俺は一度ざぶりと海水の中に潜った。

 水を手で拭うとギサール様が話しかけてくる。

「まあ、僕はもうちょっと、あの二人にはコーイチに敬意を払って欲しいんだ。ちょうどいい機会だったんじゃないかな」


「それはありがとうございます」

「まあ、でも必要以上に親しくなって欲しくはないんだけど。コーイチの気持ちは優先するけど、僕の勝手な思いとしてはね」

 ゆらゆらと泳ぎながらギサール様は昨日アンジェに関して示したのと同じような感想を言った。

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