第34話 泳げますが何か?

 ソフィア様の口角が上がると何かつぶやき始める。

 やばい。

 これは魔法で10倍返しされるやつでは?

「お姉ちゃん。その服よく似合ってるね」

「あら。そう?」


 近くの海面に集まりかけていた何かが霧散した。

 俺がキングクラブ相手に使用したファイアボルトの水版ともいえるアクアボルトの魔法を使おうをしていたのかもしれない。

 消火栓から吹き出す勢いでぶっ放されたらシャレにならないやつじゃねえか。


 ギサール様のお陰で事なきを得た俺は、改めてソフィア様ほか2名のいでたちを鑑賞する。

 この世界基準からするとかなり大胆な衣装に身を包んでいた。

 つやつやとした両肩がむき出しになり、鎖骨のラインも見えている。

 太ももから下も露わになっていた。


 元の世界ではタンキニと呼ばれていたツーピースタイプの藍色の服を着ている。

 同じような色合いだが、ソフィア様のものが一番紫色っぽい風合いをしていた。

 たぶん、これが一番高いのだろう。

 いずれにせよ、白い肌を際立たせている。


 水着という泳ぐための専用衣装は存在しないが、機能的には濡れても透けないようにはなっていて、水着代わりにはなるようだ。

 それでも普段の布地をたっぷりと使った服を着て、ヴェールのようなものをまとっている状態と比べれば体のラインがはっきりと出てしまっている。


 抜群のプロポーションの美女3人を目の前にして俺は目のやり場に困ってしまった。

 まあ、胸の谷間がくっきりと出ているわけでもないし、大事なところはばっちりと布地が隠している。

 それでも十分に魅力的だった。


 ラシスとナトフィだけなら、一応は俺と立場は対等なので身体の一部が不随意的に反応してしまったとしてもそれほどの大事にはならない。

 まあ、滅茶苦茶裏でディスられるぐらいはされるだろうが。

 問題はソフィア様である。

 さすがにマズい。


 俺は身を翻すとざばりと海に飛び込んで泳ぎ始める。

 膝ぐらいまでの水深なのでクロールは難しかったが、平泳ぎなら問題なく泳げた。

 ひんやりとした海水が効果的に俺の身体を冷やす。

 体の一部も元に戻った。


 起き上がって振り返ると4人が驚いた顔をして俺のことを見ている。

 代表するかのようにギサール様が質問してきた。

「コーイチって泳げるの?」

「はあ、泳げますが」

「えー」


 今まで見たことのないような強い反応が返ってくる。

 あれ?

 泳げるのって普通じゃないのか?

 小中高と水泳の授業があったから大抵の日本人は25メートルは泳げる。

 俺も人並みには泳げた。


 そう言えばコーネリアス家のお屋敷にプールはあったけど、フォースタウンに公営プールは無かった気がする。

 ひょっとすると泳ぐことができるというのは、珍しいスキルだったりするのかな?

 俺はギサール様に確認してみた。


「そうだね。あまり泳げる人は多くないね。そうか。海に落ちて無事だったのは泳げるせいだったんだね」

「あのときは頭に何かぶつかって失神したのでほとんど泳いでいないですよ」

「そっか。それでも、海を怖がらなかったのは泳げるからなんだね」


「そんなに長く泳げるわけじゃないですよ。あそこまで行って戻ってくるぐらいなら問題ないと思いますが」

 俺は入り江の先端にある灯台のように突き出した岩を指さす。

 4人の反応はまたまた想定外のものだった。

 あれ?

 俺また変なことを言っちゃいました?


 ソフィア様が冷たい笑みを浮かべる。

「ギサールの前でカッコつけたいのでしょうけど、嘘は良くないわ」

「いや、嘘ではないです」

 ソフィア様の笑みが大きくなった。


「非を認めて謝罪するなら今のうちよ。つい口に出たのならいざ知らず、虚言と指摘されてなおも嘘を重ねるのは非礼に当たるわ。ギサールの寛大につけあがるのもいい加減になさい」

「いえ、嘘は申し上げていません。それでは嘘でないことを証明するために実際にやってみればよろしいでしょうか?」


「あくまで否定するのね。じゃあ、やってみなさい。もしできなかったときは容赦しないわよ。ラシス。嘘つきへの罰は何だったかしら?」

「鞭打ち5回です。お嬢様」

 恭しくラシスが回答する。


「そうだったわね。それじゃ、ナトフィ。失敗したときは私に代わってコーイチを打ち据えなさい」

「お姉ちゃん。それはやりすぎだよ」

「いいえ。隠し事をする程度ならまだ許せるけど、雇い主に嘘をつくような従者は不要よ」


 俺は肩をすくめると念入りに柔軟体操を始めた。

 屈伸をして股関節やふくらはぎを伸ばす。

 ソフィア様が眉を寄せた。

「何をしているの?」

「体の準備をしておかないと筋肉がけいれんすることがありますし、上手く泳げないので」


「本当に泳ぐ気?」

「ええ、もちろんです。鞭打ちぐらいなら我慢できなくもないですけど、嘘つきと言われるのは心外ですから。それじゃ、ギサール様。ちょっと行ってきますね」

 挨拶をすると俺は平泳ぎで沖に向かって泳ぎ出す。


 ほとんど波がない穏やかな海面はまるでプールのようだった。

 しかも、海水なので真水以上に浮力がかかる。

 目標の岩までは500メートル弱というところかな。

 十分に水深が深くなると方向を再確認して俺はクロールに切り替えて力強く泳ぎ始めた。

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