第33話 浜遊び
「ほら、コーイチ。早く行こうよ」
ギサール様に急かされて俺は仮設の更衣室から浜辺へと足を踏み出す。
今日は浜遊びへと来ていた。
場所はポートカディラから少し離れたところで、小さな入り江になっており、さながらプライベートビーチの様相をしている。
実際にこの場にいるのは別荘で働く使用人を含めたコーネリアス家の関係者ばかりであり、余人の目を気にする必要がなかった。
というわけで、浜辺で遊ぶ俺たちは割と大胆な格好をしている。
ギサール様と俺は上半身は裸で、下は膝上までのパンツスタイルであった。
頭上1メートルほどには直径2メートルほどの半透明の円盤がふよふよと浮いている。
これは過度に日焼けし過ぎないようにとギサール様が魔法で作り出した日傘の効果を有するものだった。
ギサール様が言うにはこれがあれば夕方に真っ赤に腫れあがった皮膚で泣きを見ることはないらしい。
この円盤は実体はないようで身長差があるギサール様の頭上のものに触ろうとしてもするりと通り抜ける。
ぴょんぴょんと跳ねたギサール様の円盤と俺のものが触れても弾きあう様子はなかった。
別荘に勤める人々がポールを立てて大きなテントを張り、その下で食べ物や飲み物の準備をしている。
その向う側にあるもう一つの更衣室の方へと俺はチラリと視線を向けた。
そこではソフィア様とラシス、ナトフィが着替えをしているはずである。
どんな格好で出てくるんだろう。わくわく。
すぐに視線を戻すと波打ち際へと浮遊していくギサール様を追いかける。
地面すれすれを歩く程度のスピードで移動する魔法は飛行系のものの中でも比較的容易に習得できるものだった。
ただ、あくまで比較的に容易というだけで俺ごときには使えないので、こちらは脚を動かすしかない。
すでに砂浜の砂は太陽の熱を吸収して凶悪な熱を帯びていた。
水を被って濡れた跡のあるところでサンダルを脱ぐ。
ギサール様はもうひざ下まで水に浸かっていた。
海水に足を踏み入れると気持ちがいい。
ギサール様がバシャバシャと手で水を跳ね飛ばしてくる。
俺の顔にぴしゃっとかかり、嬉しそうに笑った。
その姿はまさしく年齢相応の子供である。
こういう子供っぽいところもあると知って俺は安心した。
背伸びをするのもいいけど、無理してばかりいるとその歪さがどこかに出るんじゃないかと気になっていたのだ。
しかし、青い海と空を背景に水しぶきがキラキラと舞う中で戯れる美少年という図は本当にヤバみが凄い。
ショタ趣味がある人が見たら鼻血を流してぶっ倒れるんじゃなかろうか。
そのまま昇天してもおかしくないほどの魅力に溢れていた。
ただ、俺はまだ少年愛は無い。
まだというところに心境の変化が無くもないが無いったら無い。
以前は、男色の気が無い豊臣秀吉が周囲の人々から逆に奇異の目で見られたという戦国時代人の感覚がこれっぽっちも理解できなかった。
でも今は自分も男色に走ろうとは思わないけど、気持ちは分かるような気がしている。
信長とか政宗に、我が家の誰々が至高とか言われてもひきつった笑みしか浮かべられなかったはずだが、今なら、話を合わせるぐらいはできるはずだ。
もっとも、ギサール様を小姓になんて話が出てきたら、微力ながら俺は全力でお守りする所存である。
ふんす。
そういう覚悟ではあるが、ギサール様に水をかけられたまま無抵抗というのも張り合いがなかろうとこちらも水を飛ばすことにした。
両手の指を交互に絡み合わせるようにして組み海水の中に入れる。
掌の間に空間を広げて海水を両手の間に貯めた。
手を引き上げて小指側をギサール様側に向ける。
両手を打ち合わせるようにすると勢いよく水が飛び出した。
ぴゅっと勢いよく3メートルほど飛んでギサール様の胸にかかった。
「なにそれ、凄い」
目をキラキラさせてギサール様が寄ってくる。
「コーイチ。今のは魔法を使ってないよね。それなのにどうやったらあれだけ勢いよく飛ぶの?」
原理を説明するとギサール様も早速真似をした。
ちろっ。
出るには出るが勢いがない。
むう。
ギサール様は上手くいかないことに不満げだ。
つやつやの唇が尖っている。
それでも何回か試すうちに勢いよくほとばしると歓声をあげた。
「コーイチ。今の見た?」
「はい。見てました。やっぱり器用ですね」
俺はしゃがみ込むと今度は両手で手遊びのちゃちゃつぼちゃつぼの形を作る。
握りこぶしの底に反対の掌を当てた状態だ。
それから少しこぶしを緩めて一気に握る。
ぴゅっと水が飛び出し、ギサール様の頭上を越えた。
「コーイチ。今のは?」
こちらもやり方をレクチャーする。
「本当に色んなことを知っているね」
こんなことで感心されてしまった。
「いえ、こんなことができても生活には全く役に立たないですし」
思わず謙遜が出てしまう。
というか、マジで感心されるほどのことじゃないからな。
俺も子供の頃に父親と風呂に入って初めて見たときは父親を魔法使いか何かとおもったけど。
「そんなことはないよ。凄い、凄い」
ギサール様がキラキラとした目で俺を見ている。
くすぐったいけど、胸がほんわかとした。
自然と照れ笑いが顔に浮かんでしまう。
謎の自己肯定感が爆上がり。
まあ、仕事をするようになると褒められることなんてなかったからなあ。
笑み崩れそうになる顔を隠すように下を向いた。
再び、拳の中に海水を引き入れる。
発射!
「きゃっ」
悲鳴があがり、顔に海水がかかったソフィア様が俺のことを冷ややかに見ていた。
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